モミジ院長のリカバリー日記第3回
(前回の続き) ウルトラの夢は散り、クイズ三昧の生活をやめ、まっとうな学生に戻ろうとしたのだが、再び悪魔の誘いが訪れた。第1回FNS1億2000万人のクイズ王決定戦の予選である。
当時、井の中の蛙であったため、6,7,8月とひたすらクイズのメモを覚えた我々こそがクイズ王になれると信じていた。そして、予選日が来た。予備予選では緊張したが、なんとか突破。そして、200名くらいが参加した予選ペーパーを通過し、中国地方の代表3名に選ばれた。
クイズ番組における初めての予選突破となった。さあ、次は全国大会の本戦だ。第1回大会なので、どんなクイズなのか分からないが、無性にわくわくした。
当時、医学部5回生で、ポリクリを回りながら、ひたすらクイズメモを覚えるという日々であった。そして、本番を迎えた。当日、クイズ番組の有名人20名はシードで、その中にはアメリカ横断ウルトラクイズで活躍した方々やタイムショックで5週勝ち抜けた方がいて、興奮したのを覚えている。
各地で予選が行われ、100名が選ばれたのだが、シード20名と合わせて計120名の戦いが始まった。予選第1ラウンドは、ボックスの中に入り、1問1答クイズが行われた。正解者上位60名が決まり次第、終了となることが発表された。自分の順位は70位くらいだったので、シード20名を合わせると90番目くらいの登場となる。
下手したら、回ってこないんじゃないだろうか、という不安を抱えながら、正解者は次々と決まり、フジテレビの社屋へと入っていった。簡単な問題と難しい問題がはっきりしていて、これは引きの強さが必要だな、と感じた。
何とか自分の順番が回ってきた。絶対にチャンスは逃さないぞ、と思いながら、問題を聞いた。「現在、インターポールの本部がある都市はどこ?」というものであった。やったぁ、これは知っているぞ。「パリ!」と答え、正解音が響くとばかり思ったのだが、なんとブーの音。
なんと、つい最近、リヨンに変わったことを知らなかった。その当時の問題集にはパリという正解がスタンダードであったため、時事を抑えてなかったのだ。再び、夢が散った。(続く)
本日の問題「麻雀③」
問17 徹夜の末、ふと気づけば朝だった、というエピソードからペンネームを付けた、本名を色川武大という作家で、映画化された『麻雀放浪記』で知られるのは?
問18 麻雀の和了(あがり)のなかで、牌の数が最大となるのは何枚?
問19 麻雀で、特に手作りをせず、ツモってきた牌に従って手を進めることを何という?
問20 麻雀のマンズの牌に使われる一から九までの数字の中で、唯一、大字(だいじ)で書かれているのは?
問21 漫画家・能條純一の作品で、主人公の「あんた、背中が煤けてるぜ」という決めセリフで知られるのは何?
問22 1970年代、麻雀新撰組と呼ばれた三人のうち、日本プロ麻雀連盟初代会長を務め、「ミスター麻雀」の異名を持つのは誰?
問23 大正13年に東京・芝で平山三郎によって開かれた日本初の営業雀荘といえば何?
問24 日本で初めて麻雀を紹介した書物として知られる、1909年に書かれた夏目漱石の紀行文は何?
正解
問17 阿佐田哲也(本名は色川武大、『離婚』で第79回直木賞受賞)
問18 18枚(四槓子(スーカンツ)という役満の場合、4枚×4+アタマ2枚=18枚)
問19 手なり
問20 五(大字の「伍萬」と書かれている、大字とは、お札に使われる「一万円を壱萬円と書くように漢数字の代わりに用いる漢字)
問21 『麻雀飛翔伝 哭きの竜』
問22 小島武夫(麻雀新撰組は、他に古川凱章、阿佐田哲也)
問23 南々倶楽部(なんなんくらぶ)
問24 『満韓ところどころ』(「夢十夜」とともに『四篇』に収められている)
ジャンル | モミジDr.のリカバリー日記 |
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掲載日時 | 2020/3/13 16:00 |
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