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運命の女神姉妹を若く描く際、勧善懲悪要素として工夫されたことは?

古代に語られたギリシャ神話の様々な物語には、実は必ずしもわかりやすい勧善懲悪ストーリーとは言いがたいものが数多くあります。

それらのギリシャ神話はキリスト教時代に入ってからも芸術の世界で市民権を得たわけですが、そうした神話を題材にした作品は要人の栄光を賛美するために描かれたり、あるいは特に前近代においてはヌードやセミヌードの人物を堂々と描ける(そして観られる)数少ない機会であったりした側面も強く、例え若干無理矢理であっても何らかの勧善懲悪要素を建前的に入れる必要がしばしば出ました。

また、こうした異教の神は普遍的な道徳的徳目や情念の擬人化キャラクターであるとする考え方によってキリスト教時代以降も芸術のテーマとして市民権を得てきたということも、勧善懲悪化と無縁ではありません。

ギリシャ神話の登場人物が題材であっても古代神話には存在しない、いわば一種の「二次創作」的なエピソードが描かれた作品も多いことを以前指摘しましたが、それは一つにはこうした理由もあります。

そうしたある種の建前的な勧善懲悪要素を入れた場合とそうでもない場合によって、まるで別人(というか別神)のように異なるキャラデザインに描かれるギリシャ神話の登場人物の中に、「運命の三女神(モイライ)」と呼ばれる女神の三姉妹がいます。

この運命の三女神(彼女らの両親は最高神ゼウスと掟の女神テミスだとも、冥界を神格化した神(つまり、一番初めの死者の国の王)エレボスと夜の女神ニュクスだともいわれます)は古代神話では人間の運命を決める役目を持っており、末娘クロトが各個人の生命の糸を紡ぎ出し、次女ラケシスが物差しで長さを測り、長女のアトロポスがその糸を切断して人生を終わらせるとされます。

『運命の三女神:クロートー、ラケシス、アトロポス』ジョン・メルフイシュ・ストラドウィック,1885

運命の三女神は古代神話では高齢女性の姿をしているといわれ、ルネサンス以降の美術作品の題材になる場合でもしばしば一般にイメージされるギリシャ神話の女神というよりは「日々の労働に励む市井の老婦人」をイメージした姿に描かれ、特に「先のわからない運命の残酷さ」を強調したテーマの場合、「おとぎ話の挿絵の悪役の魔女」風の醜悪な恐ろしいイメージで描かれることもあります。

しかしながら、この運命の三女神が「いかにも一般にイメージされるギリシャ神話の女神像らしい、若々しい美女」として描かれた作品も幾つかあります(今風に言うなら、「美少女化」されたわけです)。バロックからロココ初期に描かれて現存しているものが何点かありますが、それらの若々しい美女タイプの運命の三女神像(その場合には、えてしてこれ幸いとヌードやセミヌード、あるいは露出の多い衣装姿で描かれます)を描く作品では、「勧善懲悪色」を演出するため彼女らの仕事が「先のわからない運命の残酷さの象徴」でなく「より信賞必罰的な、公正さが担保されたもの」であるとイメージさせるための、ある工夫がよくされました。それはどんな描写でしょう?

 

1、運命の三女神が、人間のこの世での行いを書いた書類に目を通している。

2、より位の高い神の指揮下で任務に当たっていることの強調。

3、運命の三女神が、糸の長さを決めるのに間違いやえこひいきなどがないか指差し確認を徹底して行っている。

 

 

 

・・・正解は、2の「より位の高い神の指揮下で任務に当たっていることの強調」です。

若い姿の運命の三女神を描く作品はバロック時代にヨーロッパを股にかけて活躍したルーベンスやロココ初期のフランスの画家ラウーなどによって描かれましたが、ルーベンス作品の場合などフランス王アンリ4世の妃マリー・ド・メディシスのために描かれた彼女の一代記というべき一連の作品の一場面なのですから、「ヌードやセミヌードの人物を堂々と描く機会」であるのと「要人の栄光賛美」のいわば役満です。そのためもあり、ルーベンス作品の場合には運命の三女神の「上司」は最高神であるゼウス・ヘラ夫妻であり「職場」は神々の住処オリンポス山です。

一方ラウーは『オルフェウスとエウリュディケ』で、竪琴の名手オルフェウスが妻エウリュディケの死を嘆き彼女を連れ戻そうと死者の国の王ハデスと妃ペルセポネに直訴し、それが叶えられた場面(しかしこの物語は悲劇的な結末を迎えてしまうのですが、そのくだりは今回は割愛します)を描いていますが、そこに運命の三女神も同席しています。つまりラウー作品では、運命の三女神の「上司」はハデス・ペルセポネ夫妻であり「職場」は冥界なわけですが、こうしたどの神が彼女らの「上司」役になるかやどこが「職場」であるかについての美術上の設定がかなり自由なのも、興味深い点です。

 

 

 

<参考文献>

千足伸行監修『すぐわかるギリシア・ローマ神話の絵画』東京美術、2006

新人物往来社編『ビジュアル選書 巨匠たちが描いた神と天使と悪魔』新人物往来社、2012

海野弘解説・監修『ヨーロッパの図像 神話・伝説とおとぎ話』パイ インターナショナル、2013

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準デジタル・アーキビスト資格所持者
ペットセーバーベーシック・アドバンス資格所持者
せっぱつまりこ

法政大学大学院国際日本学インスティテュート修士課程修了(学術修士の学位有り)

10代前半から美術史に、1617歳頃から葬儀・埋葬史に強い関心を持ち、紆余曲折を経て現在では特定分野に特化したクイズ原案作者を名乗る。

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