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江戸時代、寺社奉行が統括していた寺社でないものとは何?

囲碁

江戸時代の「三奉行」として勘定奉行、町奉行とともに習う寺社奉行だが、実はこの中で最上位にあたる。

しかし、寺社奉行の歴史はもっと古く、鎌倉時代には既に存在していた。役割としては幕府の直轄領にある寺社領の監督や寺社に関する訴訟で、この役職は室町幕府にも引き継がれた。

江戸時代の初期には僧録司(そうろくし、中国由来の仏教を管轄するもの)であった禅僧・金地院崇伝(こんちいんすうでん)が寺社関連の行政を行っていたが、その没後の1635年に寺社奉行が創設された。

役割に関しては名前の通り、ほぼ以前の幕府と同様に寺社領の統括などだったが、キリシタンの取り締まりや一部旗本の訴訟についても職務とされていた。

寺社奉行を務めた有名な偉人としては、大岡越前こと大岡忠相(この際、足高が適用されている)や、黒船来航の際の老中・阿部正弘などが挙げられる。

 

ここまでだと中学の歴史の授業の復習のようだが、先ほどの職務のところに旗本の訴訟が含まれている通り、寺社のみに関するものではない。

まず、その他で管轄にあったものは陰陽師である。羽生結弦の楽曲でもおなじみの安倍晴明が有名だが、陰陽師とは陰陽五行思想に基づき卜筮(ぼくぜい、亀甲や筮竹を用いた占い)や天文・祭祀を司る者のことで、先の安倍晴明の活躍した10世紀頃には加持祈祷も行なう呪術師として貴族階級に強い影響を持ったといわれる。江戸時代にも陰陽師の記した天文書などが見られるが、政治的な影響力は失われている。土御門家といえばピンとくる方もいるだろう。しかし、陰陽師には宗教的要素も見られるもので、寺社奉行の管理下にあったとされてもそれは自然なことといえるだろう。

他にも楽人、つまり雅楽奏者が挙げられる。しかし、雅楽は古くから仏教との結びつきが強く、経典に節をつけたものである声明(しょうみょう)に影響を与えており、今でも法要の際に雅楽が演奏されることもあるので、想像しがたいものではない。

現代のイメージからするとおよそ想像がつかないのは囲碁・将棋の棋士ではないだろうか。徳川家康は囲碁殿堂の第1回特別創設記念表彰となっており、伊達政宗や細川幽斎らと囲碁を楽しんでいたという。このように家康が愛好していたこともあり、囲碁の名手は幕府から俸禄を得る立場になった。やがて、本因坊家・林家・井上家・安井家の碁所の家元制度が確立し、それらは寺社奉行の配属となった。また、この碁所は囲碁界の最高権威者に与えられた称号でもあった。

将棋に関しても、大橋・伊藤の二氏が世襲する将棋所が存在し、将棋をもって幕府に仕え、同じく寺社奉行の配属であった。将棋に関する指南や免状の発行は、将棋所の特権だったという。

 

江戸時代、小説・映画『天地明察』でも知られる通り、毎年将軍の御前で将棋と囲碁の対局が行われていたが、徳川吉宗は1716年に徳川家康の命日である11月17日にこれを定めた。これは棋士達にとっては当然名誉なことで、勝負に全力を掛けた。この際、将軍などとともに寺社奉行も対局を見学したという。

囲碁・将棋ともに勝負が決するまで続けられ、中には数日に渡るものもあったという。興味があるのなら問題ないが、興味の無い将軍はすぐに奥へ引っ込んでしまうこともあったらしい。しかし、寺社奉行含め他の面々はそういうわけにもいかず、勝負が決するまで待ち続け、場合によっては寺社奉行の邸宅へ移動して勝負が続いたという。

 

幕府の将軍には徳川家治のように自ら詰め将棋『御撰象棊攷格』(ぎょせんしょうぎこうかく)を残してしまうようなフリークもいたようだ。時代は少々進むが、大久保利通は藩主の島津久光に近づくため、囲碁を学んだという。寺社奉行の中には出世の糸口として囲碁や将棋を学んだ者がいたかは定かではないが、寺社奉行自体が出世コースでもあったので、そこからさらに上を目指すとしたら利用しない手はない、と思うのは現代人的な考えかも知れない。

 

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浄土宗 願生寺 住職/有限会社 セブンワンダーズ所属 クイズクリエーター
遠藤和成

学習院大学文学部史学科卒

大正大学大学院仏教学研究科浄土学専攻修士課程修了

高校・大学は剣道部、前職は中学・高校の社会科教員。クイズ作家としてはクイズ研究会やサークル所属経験のない異色の経歴。クイズ番組は好きだったが、プレイヤーとしての経験はアーケードゲームのみ。

僧侶としても、仏教系大学に大学院のみ在籍という極少数派。

有限会社セブンワンダーズ入社後は僧侶とクイズ作家の兼業で活動。法話にもクイズ作成で得た知識や要素を取り入れ、独自性のあるものを展開しているほか、寺院での「仏教クイズ」も企画している。

好きなジャンルは仏教、世界史、サッカー。

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