よみもの|コラム|クイズ作家の本棚
vol.0-1

クイズ作家の本棚 はじめに①

私は2000年に会社員からクイズ作家へと転身した。34歳の時である。転身したといっても華麗なものではない。会社を辞めることが先にあって、その直後クイズを作る仕事に偶然にもありつけただけだ。

大学を卒業後、FMラジオの制作会社で働いた。当初は制作職で、昼ワイド、アイドル番組、深夜の帯などいろいろな番組に携わった。6年目、営業に異動し、スーツを着ての定時出社となる。真逆の世界に放り込まれた。サラリーマンである以上仕方がない。3年で戻れると聞いていたが何もない。4年が経って変わらない。5年が過ぎた。会社を辞めることにした。

その後のプランはまったく考えていなかった。しばらくリセット期間を設けて、何か仕事を探すつもりでいた。そこに女神が現れた。退職の前月、僕がクイズを趣味としていることを知っていたテレビ局の元女子アナウンサーさんが、近く始まるというクイズ番組の担当者を紹介してくれたのだ。こうして、会社員から中0日でクイズ作家になってしまった。

番組は『タイムショック21』。もとは1969年にスタートした老舗クイズ番組だ。86年に終了(89年に一時復活)したが、2000年に賞金1000万円の大型番組として生まれ変わった。
私は高校2年のとき、この番組の高校生大会で優勝しており、不思議な縁を感じたものだ。

初めて番組会議に呼ばれた私は問題を100問用意していた。事前に言われていたのは20問である。室内には20名以上の放送作家がいた。全員20代ではなかったか。1問1問をプロデューサー以下、全ディレクターが吟味するというスタイルだったので、かなり時間がかかる。そこへオッサンが1人で100問持ってきたのだから、みなからすると迷惑だったろう。が、番組からは重宝された。ほどなくして問題管理を任されるようなった。クイズ作成は性に合っていると思った。

当時はネットが普及し始めたころだが、使い勝手は今ほど良くはなく、図書館にせっせと通い、調べ物をするのが日課だった。子どものころから辞典や図鑑好きだった私は、毎日知る喜びを感じることができた。なんと素敵な仕事なのだろう。

図書館にはあこがれの事典・辞典が収まっていた。平凡社の『世界大百科事典』(当時、全35巻)と小学館の『日本国語大辞典』(全14巻)である。いつか手元において、思う存分活用したいというのがささやかな夢だった。ほどなくして手に入れることができたが、今ではネットでアクセス可能だ。しかし、初心を忘れないために、場所は取るものの手放せないでいる。(続く)

クイズ作家
仲野隆也

名古屋大学クイズ研究会出身。
中学2年のとき、書籍「クイズグランプリ第5集」を手にしてからクイズ歴は40年になる。
幼少のころより数えることが好き。
もっともうれしかった発見は62円切手の目打ちの数が62個だったこと。
クイズ商社・キュービック、クイズ制作会社・セブンワンダーズ、
一般社団法人日本ジェネラルナレッジ協会の代表。
ときどき、下北沢・RBL CAFEのマスター。

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クイズ作家の本棚 はじめに②

クイズ作家の本棚

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