『YouTube公開』 日本の国旗・日の丸が生まれたのはいつ?
【朗読】一瞬で寝落ちできる雑学【聞くトリビア】
『中国には○○○がわかってしまうトイレがある!?』
『犬も夢を見るって本当?』
聞いていればスッと眠りに入ることができる、面白雑学動画!
驚きの雑学の数々を、フリーアナウンサー大橋俊夫氏の朗読とともにお楽しみください。
こちらは動画の内容の書き起こし記事です。
音声と一緒にお楽しみください。
犬の漢字の点の部分は、犬の耳「犬」という漢字は「大きい」という字の右上にひとつ点がつく形をしています。この漢字は、立っている犬の姿を横から見た形がもとになった象形文字です。では、このひとつの点は何を表しているかというと、犬の耳なのです。 そうなると、犬の耳は2つあるのに、なぜ点はひとつしかないのかと思うかもしれません。これは、犬を横から見た姿を表しているため、片方の耳しか見えなかったからです。そのため、片方の耳を示すひとつの点だけがつけられたのです。 ちなみに、「大きい」という漢字は、人が手足を広げた姿から作られた象形文字です。そのため「犬」の字に形が似ていますが、両者の間に直接の関係はありません。 また、「太い」という字も「犬」と関係があるように見えますが、実際には「天下泰平」の「泰」が簡略化されてできた文字であり、こちらも「犬」とはまったく関係ありません。 |
金の自動販売機がある現在、自動販売機ではさまざまなものが販売されています。ジュースなどの飲料はもちろん、新型コロナウイルス流行により外食の機会が減ったことから増えた冷凍食品をはじめ、食品以外も自動販売機で売られることは珍しくありません。そんな中、ドイツのある企業がユニークな商品を自動販売機で販売しています。 それが「金」です。1グラムの金貨タイプのものから、100グラムの延べ棒タイプのものまで、全8種類がラインナップされています。2025年には金1グラムが2万円を超えているため、価格はおよそ2万から200万円に及びます。購入者はタッチパネルで希望の金を選び、現金かクレジットカードで購入できます。 この自動販売機は、ショッピングセンターなどで手軽に購入できるように設置されています。そう聞くと防犯面が気になるところですが、ダイナマイトの爆発にも耐えられる強度を備えているそうなので、その点は安心のようです。 現在、この金の自販機は中東にも輸出され、多くの人が利用しており、また日本にも同様の販売機が登場しています。 |
3段のウエディングケーキのそれぞれの段には意味がある結婚式で食べられるウェディングケーキ。現在ではさまざまな種類が登場していますが、伝統的なものの多くは3段重ねで構成されています。実はそれぞれの段には意味が込められています。 まず、一番下の段は新郎新婦をはじめ、結婚式に参列してくれたゲスト全員に配って一緒に食べるためのもっとも一般的なウェディングケーキの部分です。2段目は結婚式に参列できなかった人たちに配るためのものです。そして、一番上の段は結婚記念日など、二人にとって特別な日に食べるために保存しておく段とされています。 こう聞くと、「ケーキがそこまで保存できるのか」と思われるかもしれませんが、このような伝統的なタイプのケーキは「シュガーケーキ」と呼ばれる、砂糖やゼラチンなどを主原料としたもので、湿度などに注意して保存すれば100年ほどもつとされています。そのため、記念日用に取っておいても問題ないというわけです。 現在は、このようなシュガーケーキではなく、生ケーキなど多様なタイプで提供されるのが一般的なため、長期保存は難しいですが、もし伝統的なタイプのケーキを用意する場合は、結婚記念日用に一部を残しておくのも素敵かもしれません。 |
芋焼酎にも、米が使われているさつまいもを使って作られる芋焼酎ですが、「芋焼酎」という名前だけに、原材料にはさつまいもしか使われていないと思われがちです。しかし、実は米が使われています。 米焼酎というものがあるのだから、芋焼酎に米を原料とするのはおかしいのではないかと思うかもしれません。ただし、使われているのは米そのものではなく米麹です。芋焼酎だから米麹ではなくさつまいもの麹を使うのだと思いきや、さつまいもは米や麦などに比べて水分量が多く、麹菌が繁殖しにくいという性質があります。そのため、製造の過程で腐敗しやすく、麹として使うことが難しいのです。そこで、代わりに安定して発酵を促せる米麹を使っているというわけです。 ただ、最近は技術が進歩したことによって、さつまいもの麹を使った芋焼酎も一部で作られるようになりました。とはいえ、依然として製造が難しいためか、現在もほとんどの芋焼酎には米麹が使われています。 |
ウーパールーパーは、心臓を再生することができる1980年代、テレビCMをきっかけに日本中にブームを巻き起こした両生類、ウーパールーパー。現在ではその名を耳にする機会はほとんどありませんが、近年、再生医療の分野で再び注目を集めています。というのもこのウーパールーパーは手や足を失っても再生することができます。さらには、目や脳、心臓まで再生するという驚くべき性質を持っています。 この再生能力は、オーストリアやドイツなどの国際研究チームによって明らかにされました。ウーパールーパーは人間のおよそ10倍にもなる遺伝子を持ち、その中に再生に関わる遺伝子が存在しています。これにより、体のさまざまな箇所が欠損しても再生する仕組みになっているのです。また、再生後に傷跡が残ることもなく、まるで何もなかったかのような状態まで戻ることもできます。 この再生プロセスの詳細が解明されれば、人間の再生医療への応用が期待されます。もしかしたら、将来どんな病気にかかっても、その部分を切除して再生させることで回復できる時代が訪れるかもしれません。 |
観客が暴動を起こしたロックフェスがあった1999年、ニューヨーク州のロームという町で、1969年に開催された伝説的野外フェス「ウッドストック」の30周年を記念した「ウッドストック1999」が開催されました。1969年の「ウッドストック」は「愛と平和」をテーマに掲げていましたが、この世紀末のウッドストックは、その理念とはかけ離れたさんざんな結果となりました。 この時のウッドストックは、天候には恵まれていたものの、開催地が元空軍基地で、地面がコンクリートで舗装されていたため、猛烈な照り返しと地熱により、多くの観客が体調を崩しました。さらに、主催者側が利益を優先したため、水の持ち込みは禁止され、場内で購入しなければなりませんでした。にもかかわらず、ペットボトルの水が1本4ドルという、当時としては非常に高額な価格で販売されていたのです。 また、ゴミの回収もうまく機能せず、会場全体に多くのゴミが散乱し、観客はそのゴミのせいで腰を下ろす場所さえ見つけられない状態でした。 その結果、観客の怒りは爆発し、最終的には火災が発生し、会場内のATMは破壊され、略奪行為に及ぶ人も現れました。こうしてこのイベントは「怒りと暴力の祭典」として不名誉な記憶を多くの人に残すことになりました。 |
ハマグリは絶滅危惧種に指定されている日本人にとってなじみ深い貝であるハマグリ。お酒が好きな人の中には、つまみに一杯飲んだという人も多いのではないでしょうか。そんなハマグリですが、中でも日本固有種の本ハマグリは、現在絶滅危惧種に指定されています。 本ハマグリは日本の固有種で、1960年代には年間1万トンほど収穫されていました。しかし、干拓工事や環境汚染の進行によりその量は激減し、現在では年間100トンほどの漁獲量にまで落ち込みました。そして2012年、環境省により絶滅危惧種に指定されました。 現在流通しているハマグリの多くは海外産で、日本産のものもわずかに流通しているものの、日本全体の1割ほどにとどまります。当然ながら、本ハマグリに比べると味や風味は劣るとされ、そのため本ハマグリは高級品となり、1個あたり1000円を超えるものもあるほど。庶民にとっては、今や手の届きにくい食材となってしまいました。 ちなみに、「絶滅危惧種だから食べてはいけないのでは」と思われるかもしれませんが、ハマグリは捕獲や採取が禁止されている「国内希少野生動植物種」および「緊急指定種」には指定されていません。そのため、法的には食べることに問題はなく、個体数が回復すれば絶滅危惧種の指定から外される可能性もあります。 |
創業200年以上の企業の半数が日本にある日本には古くから営業している店や企業が多くあります。たとえば三越やキッコーマン、竹中工務店などは17世紀に誕生しています。実は、海外も含めた創業100年以上の企業をみると半数ほど、200年以上となると、6割以上が日本の企業です。 数でいうと、日本には100年以上続く企業は1万5000社ほど、200年以上になると5000社以上あります。なぜこれだけの老舗企業が存在するかというと、日本は島国であるため海外諸国に比べて戦争の被害を受けにくかったこと、そしてこのような老舗企業は本業に専念し、投機などにはあまり手を出さなかったことが大きいようです。平成初期の頃、多くの新興企業は投機に手を出してしまい、バブルの影響で倒産しましたが、老舗企業はその影響をあまり受けなかったのです。 また、これらの企業のうち、売上高が1億円未満の企業はおよそ4割を占めています。つまり、利益を最優先せず、自分たちにできることを着実に行ってきたからこそ、ここまで長く存続できたという理由もあるようです。 |
ミイラにパスポートが発行されたことがある紀元前1303年に生まれたエジプト新王国第19王朝のファラオ・ラムセス2世。1881年にそのミイラが発見され、現在はカイロのエジプト考古学博物館に収蔵されています。そんなラムセス2世のミイラが1974年に体に生えてきたカビを除去する作業のためにパリへ移送する際、生きたエジプト人としてパスポートが発行されたそうです。 その内容は、一般人に支給されるパスポートとほぼ同じです。職業欄には「王」を意味する「KING」と記され、生年月日の月日は不明のため空欄ですが、生年は「1303BC」と「紀元前」を表す「BC」が書かれています。おそらく、エジプト側がちょっとしたユーモアや敬意を示す意図でこのような表記にしたと思われます。 ちなみに、フランスに到着したラムセス2世のミイラは、現地の空港でフランスのVIPたちが列席し、軍による歓迎の儀が行われるほど丁重に扱われました。エジプト・フランス両国による古代のファラオに対する敬意が感じられるエピソードです。 |
青函トンネルには、3本のトンネルがある北海道と青森県を結ぶ青函トンネル。皆さんがご存知なのは、北海道新幹線が通るトンネルだけかもしれませんが、実は他に2本、合計3本のトンネルが存在します。 その3本とは、列車が走る「本坑」、その本坑を掘るための「作業坑」、そしてトンネル周囲の地質を調査するなど工事の先導的役割を果たした「先進導坑」です。「本坑」がメインで、残りの2つはあくまで工事のために掘られたものですが、現在でもこの3本のトンネルが北海道と青森県でつながっています。ちなみに、この「先進導坑」は「本坑」より低いところを通っていますが、これは入ってきた水を通すためで、いわゆる排水坑の役割も兼ねています。 この工事用の2本のトンネル、通常の通行ではまず通ることはありませんが、青森県にある「青函トンネル記念館」に行けば、一部ではありますが見学できます。興味のある方は訪れてみてはいかがでしょうか。 |
オリンピックに出場した王族がいるスポーツの祭典・オリンピック。多くのアスリートが競い合いましたが、そんなアスリートの中にロイヤルファミリーが入ってメダルを競い合ったことがあります。 1976年のモントリオールオリンピックでは、イギリス王室のアン王女が母・エリザベス女王の愛馬に騎乗して馬術競技に出場しました。残念ながらメダルは獲得できませんでしたが、この経験もあってか、後にイギリスオリンピック協会の会長に就任し、国際オリンピック委員会のメンバーにもなりました。 他にも、スペインのクリスティーナ王女が1988年のソウルオリンピックのセーリング競技に出場しています。さらに、スペイン国王フェリペ6世は1992年のバルセロナ大会で、こちらもセーリングチーム一員として戦いました。冬季大会でも、モナコのアルベール2世が1988年のカルガリー大会から5大会連続でボブスレー競技に参加しています。 このように、ロイヤルファミリーがアスリートとしてオリンピックに参加することは、決して珍しくないようです。 |
オーストラリアの選挙の投票率は9割ほど2025年に行われた参議院議員選挙の投票率は58.51%と、前回の52.05%を上回ったものの、それでも4割以上の人が投票していないという寂しい結果になりました。そんな日本に比べて海外はどうかといえば、実はオーストラリアの国会議員選挙では、なんと投票率が9割ほどとなっています。 2022年に行われた下院選は89.82%、上院選では90.47%と、ほとんどの有権者が投票しています。というのも、オーストラリアでは投票が義務化されており、投票しなかった場合は原則として20オーストラリアドル、日本円でおよそ2000円の罰金が科されるからです。 ただ、その分、有権者が投票しやすくするため、州選挙においては郵便や電話、またドライブスルーでの投票も可能になるなど、さまざまな仕組みが導入されています。また、投票所はちょっとしたイベント会場のような雰囲気で、屋台でホットドッグなどが振る舞われることもあります。単なる投票行為に終わらせず、楽しめる工夫がなされているのもユニークです。 また、変わっている点として、日本のように当選してほしい人の名前を書く方式ではなく、すべての候補者に順位をつける方式になっていることも挙げられます。 |
日の丸の原型が誕生したのは、飛鳥時代日本の国旗「日の丸」。国旗として法律で制定されたのは1870年、明治3年のことでした。しかし、それ以前から「日の丸」は日本の象徴として扱われており、多くの人が利用していました。 では、この日の丸の原型が誕生したのはいつ頃かというと、平安時代に編纂された『続日本紀』には、6世紀末から7世紀初め頃に即位していた文武天皇が、701年の元旦に行った儀式の中で「日像」という印を立てたという記述があります。この「日像」が、日の丸の起源とされています。 そして鎌倉時代、13世紀末頃に描かれた『前九年合戦絵詞(ぜんくねんがっせんえことば)』には、馬に乗った武将・安倍貞任(あべのさだとう)が、日の丸に似た模様の扇を持っている様子が描かれています。このように、源平の時代には多くの武将が、色や形は異なるものの、日の丸に似たマークを用いていたと伝えられています。 そして現在の日の丸の形が出来上がったのは1855年、薩摩藩主・島津斉彬が、徳川幕府に船を献上した際に、日の丸の旗を掲げて停泊させたことがきっかけでした。これを機に、日の丸が日本のシンボルとして広く用いられるようになりました。 |
チューリップの花は、曇っていると閉じる童謡でもおなじみのチューリップ。春に鮮やかな花を咲かせてくれますが、ときどき花びらを閉じている姿を見かけることがあります。実はチューリップは、天気や気温に合わせて花びらを開いたり閉じたりしているのです。 チューリップは、雨や曇りで気温が低くなると花びらを閉じ、晴れて気温が高くなると花びらが開きます。これはチューリップに見られる「傾熱性」という性質によるもので、花びらが閉じた状態で気温が上がると、花の内側に熱がこもって、花びらの内側にある細胞の成長が活発になるため、花が開くというわけです。 逆に気温が低くなると、花の内側の細胞の成長スピードが外側よりも遅くなるため、その結果、花びらが閉じてしまいます。 もし、道端でチューリップを見かけたら、花びらの開具合をよく確認してみてください。そのときの温かさや天気の様子を感じ取ることができるかもしれません。 |
中国版の『紅白歌合戦』がある日本の大晦日の風物詩であるNHKの『紅白歌合戦』。このような音楽番組は日本独自のものかと思いきや、実はお隣中国にも同じような番組が存在します。 それが『春節聯歓晩会(しゅんせつれんかんばんかい)』という番組で、「春晩」の略称で親しまれています。この番組は、中国の旧正月である春節の前日に放送されており、単なる歌番組ではなく、オペラや武術、コメディ、手品などさまざまなパフォーマンスで楽しませてくれます。1983年に始まり、現在では中国の旧正月の大晦日に欠かせない番組として多くの人々に親しまれています。 現在はテレビだけでなくスマートフォンなどでも視聴でき、近年では視聴回数が4億回を超えることもあるそうです。また、海外の人にも見てもらうため、さまざまな言語に翻訳され、ライブ放送として配信されています。 大晦日に音楽や芸能を楽しみながらゆったり過ごしたいという気持ちは、中国の人々にも共通しているのかもしれません。 |
甲子園でJリーグの試合が行われたことがある高校野球の聖地として知られる甲子園球場。ここで野球以外のスポーツが行われることはほとんどありませんが、実はかつてサッカーの試合が開催されたことがあります。しかも、それはJリーグの試合です。 それは、Jリーグが発足して間もない1994年と1996年のことで、ガンバ大阪と、現在の東京ヴェルディの前身であるヴェルディ川崎が、プレシーズンマッチとして甲子園球場で対戦したのです。 サッカーの試合を行うためには全面に芝を敷き詰めたコートが必要となりますが、さすがに外野の芝生だけではスペースが間に合わないということで、急遽内野の一部にも天然芝を敷き詰めてコートを確保しました。 甲子園でサッカーが行われるという珍しさから多くの観客が訪れ、1994年の試合ではおよそ3万5000人が来場したそうです。このようなサッカーの試合は、1996年を最後に開催されていません。もし、再び甲子園でサッカーの試合が開かれることがあれば、当時と同じように多くの観客が集まることでしょう。 |
穴が開いたカラーコーンがある工事現場や道路など、規制や区分けが必要な場所に設置されているカラーコーン。最近では、この側面に穴が開いたタイプが登場しています。なぜこのような穴が開けられているかというと、もちろんメリットがあるからです。 まず挙げられるのは、風の影響を受けにくいという点です。台風などのニュースで、カラーコーンが強風にあおられて道路の真ん中に飛ばされる様子を見たことがある人も多いでしょう。しかし、穴があることで風の通り道ができ、抵抗が減るため倒れにくくなります。また、大雨で道路が冠水した場合でも、穴から水が抜けることで浮力や水流の影響を受けにくくなり、流されにくい構造になっています。 さらに、穴から内部が見えるため、不審物を隠すことができません。そのため、テロ対策の面でも安全性が高いとされています。 この穴あきカラーコーンは、2023年に広島で開催されたG7サミットでも交通整理用として採用されました。今後は、このような穴あきタイプのカラーコーンが新しい主流になるかもしれません。 |
イヌも寝ているときに夢を見る夜、寝ていると夢を見る。これは人間特有の現象だと思っている人も多いでしょうが、実は違うようです。というのも最近の研究によると、イヌも寝ているときに夢を見ている可能性があるということがわかったからです。 人間の睡眠には、体が休んでいても脳が活動している浅い眠りの「レム睡眠」と、脳がしっかり休んでいる「ノンレム睡眠」があります。我々は眠っている間、この2つの眠りを交互に繰り返しています。そして、このレム睡眠のときに夢を見るとされています。 実は犬も、人間と同じレム睡眠とノンレム睡眠を交互に繰り返しています。しかも、イヌは人間に比べて睡眠時間中にレム睡眠が占めている割合が高く、人間よりも夢を見やすい状態が長く続いているそうです。このことから、イヌも夢を見ているのではないかと推測されています。 ただし、当然ながら我々はイヌとしゃべれるわけではないため、実際に夢を見ているかどうかを犬に確認することはできません。そのため、現時点ではこの話はあくまで科学的な推測にとどまっています。 |
QRコードは、自動車工場で使うために生まれた最近はさまざまな場所で使われているQRコード。その誕生は1994年までさかのぼります。当時、現在のデンソーウェーブにあたる日本電装株式会社が開発・発表し、次第に世間に広まりました。同社ではこの技術を独占せず、他社にも自由に利用できるようにしたことで、結果的に世界中に普及することとなりました。実はこのQRコード、もともとは自動車工場で利用することを目的に開発されたとのことです。 それまで自動車工場では、バーコードを使って生産管理を行っていました。しかし、バーコードは読み取れる情報量が少なく、作業効率の面で課題がありました。さらに、自動車工場では油を多く使用するため、バーコードが汚れて読み取れなくなってしまうこともしばしばありました。 そこで、より多くの情報を扱え、かつ汚れに強い新しい仕組みを開発できないかということで誕生したのがQRコードです。QRコードはバーコードのおよそ360倍の情報を格納できるうえ、情報が多いため、一部が汚れても残りの部分からデータを復元できるという強みを持っています。その結果、問題を解決できたということで、まずは自動車工場で導入されるようになり、やがて他の業界にも広く応用されるようになりました。 |
中国には、入っている時間が表示されるトイレがあるユネスコ世界文化遺産にも登録されている中国・山西省の雲崗(うんこう)石窟。ここの女子トイレが非常にユニークだということで話題となりました。というのも、ここのトイレの各個室の入口上部には使用開始からの経過時間が表示されるタイマーが設置されているのです。 なぜこのような仕組みが導入されたかというと、一部の利用者が個室内でスマートフォンを操作するなど、長時間使用するケースが多かったため、時間を表示することでその対策になるのではないかと考えられたからです。また、利用中に体調を崩して倒れるといった緊急事態が起きた場合でも、タイマーを見れば異変に気づきやすいといった目的もあります。ただし、一定時間が過ぎても自動的にドアが開くような機能はなく、あくまで時間を表示するだけのものです。 しかし、このような措置については、「利用者のプライバシーを侵害するのではないか」といった否定的な意見もあり、今後タイマーが撤去される可能性もあるようです。 |
アーティスティックスイミングの選手の多くは大食い美を競うスポーツ、アーティスティックスイミング。以前は「シンクロナイズドスイミング」と呼ばれており、こちらの名称のほうがなじみ深いという人も多いでしょう。そんなアーティスティックスイミングの選手たち、見た目は華奢ですが、実は多くの選手が「大食い」といわれています。 その理由は、練習中に消費するカロリーが他のスポーツに比べて圧倒的に多いからです。陸上では自由に体を動かせますが、水中では抵抗が大きく、その分、1日中練習を行うだけで相当な体力を消耗するとされています。 一般的に、成人男性の1日の摂取カロリーの目安がおよそ2000キロカロリー、女性では1700キロカロリーですが、アーティスティックスイミングの選手は1日4500キロカロリー以上を摂ることもあるそうです。それほどのエネルギーを食事などで補給しなければ、激しい練習に耐えられないのです。 選手たちは、食事も体作りの一環であり、トレーニングの一部と考えています。そのため「しっかり食べること」も競技力を維持するための重要な要素というわけです。 |
古代エジプトにもクリーニング屋さんがあったエジプトのカイロにあるエジプト文明博物館には、さまざまな展示物がありますが、その中にはひときわ珍しいものがあります。それが、ある絵や文字が刻まれた一片の石です。この石、一見するとただの石碑の欠片のように思えますが、ここに刻まれた内容には非常に興味深いものがあります。では、何が書かれているかというと、人の名前、服の形、種類、枚数です。実はこの石片は、古代エジプトに存在したクリーニング屋さんが発行した「預かり表」だと考えられています。 この石片は、古代エジプトの町デル・エル・メディーナの遺跡で発見されたものです。ここはファラオの墓や神殿などの建設に携わった職人が暮らしていた労働者の町で、彼らは多忙のあまり自分で洗濯をする時間がなかったのか、衣服の洗濯を専門の業者に依頼していたことがわかっています。 また、古代ローマでも同様にクリーニング業を営んでいたと見られる施設跡が、ポンペイの遺跡から発掘されています。古代の時代から、こうしたサービス業に着目する商魂たくましい人々が多く存在していたのかもしれません。 |
アフリカの国・ボツワナでは、スイカをおかゆにして食べるスイカの食べ方といえば、切ってそのままかぶりつくのが一般的でしょう。デザートとしてカットされて出されることはありますが、スイカを焼いたり蒸したりといった調理をすることはほとんどありません。しかし、アフリカの国・ボツワナでは、スイカをおかゆにして食べる文化があります。 作り方は、スイカを鍋いっぱいに入れてじっくり煮込み、その煮汁で粉にしたスイカの種やトウモロコシを煮込んで仕上げます。日本のおかゆと違い、お米を使わないのが特徴です。 ボツワナは乾燥した気候の国であり、水分を多く含むスイカは果物というより貴重な水資源として重宝されていました。実際に、スイカで食材や体を洗うこともあったといわれています。そのため、スイカをおかゆにして食べるという行為も、スイカを水として捉えているボツワナの人々にとっては自然なことなのかもしれません。 |
村ぐるみで偽札を作っていた事件があった1951年、山梨県の銀行で偽の千円札が発見され、また同日に東京の八百屋さんでも同様の偽札が見つかりました。当時、この偽札事件は世間を騒がせ、「チ-5号事件」としてマスコミをにぎわせました。 その後、元教員の男が偽札を作ったとして逮捕されましたが、調べを進めるうちに、彼の単独犯ではないことが判明しました。実は、彼が暮らしていた山梨県のある小さな村の住人たちが多数、偽札づくりに関わっていたというのです。つまり、この偽札事件は村ぐるみで行われた前代未聞の犯罪だったのです。 結果として、逮捕者は24名にのぼりました。事件を主導したのは元陸軍少佐で、他にも元軍人や小学校の元校長といった名士が関与しており、こうした経緯から、この事件は「日本史上最大の偽札偽造事件」と呼ばれるようになりました。 ちなみに、彼らが実際に使った偽千円札は130枚、13万円ほどでした。しかし、製造にかかった費用はおよそ280万円と、使用額の20倍以上だったため、結局は大赤字で終わっています。 |
昔のキャンピングカーは、馬がひいていた一時期のような熱狂的なキャンプブームは落ち着いたものの、今でも多くの人がキャンプを楽しんでいます。中にはキャンピングカーまで購入し、オートキャンプを満喫する人も少なくありません。 そんなキャンピングカーの歴史は意外と古く、その起源は19世紀にまでさかのぼります。ただし、当時のキャンピングカーは現在のような自動車型ではなく、馬が引く、いわゆる幌馬車タイプでした。現存する世界最古のキャンピングカーは、イギリスで製造された「ワンダラー」という車両です。内部にはヴィクトリア朝様式の部屋が設けられ、それを2頭の馬が牽引する仕様になっていました。この「ワンダラー」は何度も使用され、その走行距離は2000キロを超えています。 こうしてヨーロッパで誕生したキャンピングカーは、やがてアメリカにも伝わります。アメリカでは、それまでの豪華な部屋のタイプのものから発展し、長時間移動に適したベッドや調理スペースなどを備えた、現在に近い実用的なタイプへと進化しました。 そして、馬車タイプのものから自動車タイプへと形を変え、現在のキャンピングカーとなっていきます。ちなみに、日本に初めてキャンピングカーが登場したのは1950年代のことです。 |
インド専用の音楽用電子キーボードがある鍵盤楽器のキーボード。ピアノの音だけでなく、さまざまな音色が奏でられるのが特徴ですが、その音色をインドの伝統楽器に特化して取りそろえた、インド専用のキーボードが開発されています。 これはヤマハが2007年に発売を開始したモデルで、40種類のインドの伝統楽器の音色を搭載し、さらにその音色に合った伴奏パターンが30種類用意されています。まさにインド音楽のために製作された特別なキーボードといえます。 この製品は、ヤマハの現地法人がインド・デリーに設立されたことをきっかけに、「インドの人々すべてに親しまれるキーボードを開発したい」という思いから誕生しました。自分の国の文化に誇りを持つインドの人々にとって、このインド仕様のキーボードは大きな喜びをもって受け入れられたといいます。 このキーボードは発売以来好評で、現在では3代目のモデルまで登場しています。さらに、チェンナイには現地生産工場まで建設されるほどになりました。今後はキーボードにとどまらず、新しいインドの人に向けた電子楽器が誕生する可能性もありそうです。 |
ニラは育て方次第で、黄ニラになる岡山県特産の野菜・黄ニラ。シャキシャキとした食感、生で食べられるほどの柔らかさ、そして上品な甘みが特徴で、県内はもちろん、県外でも多くの愛好者がいる野菜です。そんな黄ニラですが、通常のニラとはまた別の品種と思われがちですが、実は同じ品種から作られています。 黄ニラは、通常のニラの葉っぱが伸びる前にシートで覆って光を遮断し、光合成を行うことを防ぎます。光合成を行うと緑色の色素が生成され、全体が緑色になってしまうので、その前にシートで光を遮り、黄ニラとして育てているというわけです。 そして、収穫した後に太陽光に当てます。こうすることでより鮮やかな黄色が現れ、我々が目にする黄ニラの色合いになっていきます。 ちなみに、黄ニラには「アホエン」という脳の老化を抑える働きを持つ成分が含まれています。このアホエンは100℃以上の熱を加えると効果が失われてしまうので、生で食べられる黄ニラはアホエンを効率よく摂取するのに非常に都合の良い食材でもあります。 |
道路のアスファルトは、紀元前から使われていた現在、都会の道路のほとんどがアスファルトで舗装されています。田舎などに行くと、いまだに舗装されていない道もあるため、アスファルトは最近になって登場したものと思っている人も多いでしょう。しかし、紀元前の時代にはすでにアスファルトが使用されており、日本でも7世紀に使われていたという記録が残っています。 アスファルトは、自然界に存在する原油の一部が蒸発して残ったもので、現在では原油を精製・加工することで人工的に生産されていますが、昔は天然に得られたアスファルトがさまざまな用途に利用されていました。 アスファルトは粘着性が高いため、古来より接着剤や防水材として使用されてきました。メソポタミア文明やインダス文明の遺跡には、建築資材としてアスファルトが使われた痕跡が残っています。また、古代エジプトではミイラの防腐剤としても利用されていました。 そして日本では、668年の天智天皇の即位式に「燃える土」として献上されたという記録があり、その後、土器や土偶の補修材に使われたということがわかっています。 道路舗装にアスファルトが使われ始めたのは、19世紀半ばのことです。自動車の普及により道路の耐久性が重視されるようになったため、耐久性に優れたアスファルトが採用されたのでした。 |
竹の一種、マダケの花は、120年に1度咲く竹の花を見たことがある人はいるでしょうか。むしろ、竹に花が咲くということ自体を知らない人も多いかもしれません。実は竹にも花が咲きます。しかし、花を咲かせるのは非常にまれな話で、マダケにいたってはなんと120年に1度しか花を咲かせません。 竹の花は、あるひとつの竹が個別に咲かせるわけではなく、近くにある竹と一斉に咲くのが特徴です。そして花を咲かせた後は、それらすべてが枯れてしまいます。場合によっては、竹林ごとすべて枯れてなくなってしまうこともあるのです。そのため、何も知らなかった昔の人はこの様子を見て、「天変地異の始まりだ」と恐れたといわれています。 実際に1960年代にはマダケの一斉開花が起こり、国内のマダケ林のおよそ3分の1が枯れて失われ、日本の竹製品が一時的にピンチに陥ることもありました。 なぜこのような現象が起こるかというと、竹林の竹は地下茎でつながっており、ひとつの生命体のような状態になっているためです。そして花を咲かせると同時に竹の実が生まれ、それが地面に落ちて次の世代が育ちます。すなわち、花を咲かせることは次世代へとバトンをつなげる行為だったのです。 |
駅の待合室に設けられた図書館がある静岡県浜松市にあるJR飯田線の佐久間駅の待合室では、非常に珍しい光景を見ることができます。その光景とは、まるで図書館のように本がずらりと並んでいるというものです。それもそのはず、この佐久間駅の待合室は実際に図書館として機能しています。 ここは「浜松市立佐久間図書館」という施設であり、市民が普通に本を借りたり、勉強しに訪れたりしています。この図書館は1989年に、無人駅を利用する子どもたちを見守る場所にしたいという思いを込めて建てられたそうです。 図書館の窓からは駅のホームを間近に見ることができ、電車が発着する様子も楽しめます。本好きで電車好きの人にとっては、たまらない時間を過ごせる場所といえるでしょう。 もしJR飯田線を利用することがあるのなら、途中下車して立ち寄ってみてはいかがでしょうか。ただし、時間帯によっては2時間に1本しか電車が来ないこともあるので、事前の確認をおすすめします。 |
スマートフォンをアルミホイルで包むと、圏外になる料理など、さまざまな用途で用いられるアルミホイル。電気や熱を通す性質を持っていますが、その一方で電波を反射するといった性質もあります。そのため、アルミホイルでスマートフォンを包むと、電波が遮断されて圏外になってしまうのです。 そもそも金属自体が電波を跳ね返す性質があり、アルミも金属であるため、同じように電波を反射します。また、高周波の電波であるほど、より強く反射します。スマートフォンの電波は高周波に分類されるため、アルミホイルに包むと電波を反射して、中に通さなくなるというわけです。 逆にこの性質を利用すれば、効率よく電波を集めることも可能です。たとえばWi-Fiルーターのアンテナの後ろにアルミホイルを置くと、反射した電波が前方に集まり、受信感度を高める効果が期待できます。ただし、形状や配置によっては効果が得られない場合や、逆に電波が弱まる場合もあるため、素人が設置してもそれほど劇的な改善は見込めないようです。 |
やぶ医者とは、もともと腕の優れた医者のことだった「あの医者はやぶ医者だ」と聞くと、その医者のいる病院には行きたくなくなるでしょう。そんな「やぶ医者」という言葉ですが、江戸時代にはすでにあったそうです。当時から腕が悪い医者を指す言葉として使われていました。しかし、もともとはそうした否定的な意味ではなかったようです。 というのも、江戸時代の俳人で松尾芭蕉の弟子の一人・森川許六(もりかわ・きょりく)が残した書物によると、「やぶ医者は本来、名医を指す言葉であり、下手な医者という意味の言葉ではない」と記されています。現在の兵庫県の養父(やぶ)市に名医がいて、死にかけた病人を治すほどの腕前で、高い評判を得ていたそうです。その医者を「養父に住む医者」という意味で「やぶ医者」と呼んでいました しかし、その評判を聞いた別の医者たちが、自分は養父の医者の弟子であると偽って治療を行うようになり、結果的に「養父の医者」の名声は失われてしまいました。そのため「やぶ医者」という言葉が、いつしか腕のない医者を意味するようになったと伝えられています。 この由来にちなみ、兵庫県の養父市ではかつて、地域医療に貢献した医者を表彰する「やぶ医者大賞」を開催していましたが、費用対効果の観点から2025年度をもって中止となりました。 |
秋田県にも、ハチ公の銅像がある渋谷の待ち合わせスポットとして人気の忠犬ハチ公像。かつて渋谷駅で主人を待ち続けたという美談をもとに、この地に建てられました。そんなハチ公像ですが、実は渋谷以外にも存在します。 それは秋田県の大館市です。というのも、大館市はハチ公の生まれ故郷だからです。1923年(大正12年)、農家の斎藤義一(さいとう・ぎいち)さんの家で、後のハチ公となる犬が生まれました。その後、東京帝国大学の教授・上野英三郎(うえの・ひでさぶろう)さんが子犬を飼いたいという話が斎藤さんのもとに届き、翌年、その子犬は上野さんのもとへ贈られ「ハチ」と名付けられました。この上野さんこそ、ハチ公が生涯待ち続けた飼い主です。 この縁から、1935年(昭和10年)に大館市でもハチ公の銅像が建てられることになりました。大館市では、毎年5月にハチ公の慰霊祭、11月にハチ公の生誕祭が開催され、ハチ公は今なお多くの市民に愛されています。 ちなみに渋谷のハチ公が建立されたのはその前年の1934年で、現在の像は戦争で拠出されたのち、1948年に再建された2代目です。 |
カバの“赤い汗”は、日焼け止めになる動物園で穏やかそうな姿を見せるカバですが、実際はそんなことはなく非常に凶暴な性格で、アフリカでは人に危害を加えることもあります。そんなカバは時々、一見すると血のような液体を体から吹き出すことでも知られています。これは俗に「カバの汗」とも呼ばれていますが、実は汗とは違います。 本来、汗は体温調整をするために流れますが、あの赤い液体は体を乾燥や紫外線から守るためのもので、汗とは異なる役割を果たしています。カバは体毛がなく、皮膚は乾燥や紫外線に非常に弱く、デリケートなつくりなのです。そのため、あのような液体を出して身を守っているというわけです。色が赤いのは特別な色素が含まれているためで、その色素によって紫外線を遮り、細菌の感染を防ぐ仕組みになっています。 また、あの赤い液体は分泌された直後は透明に近い色なのですが、外に流れるに従い、だんだん赤く変化していってるそうです。 |
カモシカの足は、実は太い脚がスラっと長い人に対して「カモシカのような脚」とたとえることがあると思いますが、実はこの表現は本来、間違っているといえそうです。というのも、実際のカモシカの脚は太く、非常にたくましいからです。 カモシカは山岳地帯で暮らしていて、エサを求めて急な斜面を歩き回るため、脚が太くて丈夫にできています。また、カモシカは「シカ」とついていますが、実際にはシカの仲間ではなく、ウシ科の動物で、ウシやヤギの仲間です。そのためどちらかというと脚は長くなく、ずんぐりとした体つきをしています。 ではなぜ、「カモシカのような脚」が美脚のたとえになっているかというと、実際に脚がスラっとした動物「レイヨウ」がカモシカと間違えられたからです。この「レイヨウ」と「カモシカ」は、漢字で書くとまったく同じ字(羚羊)になります。その誤解からカモシカの脚がきれいというイメージが広まり、「カモシカのような脚」という表現が生まれたということです。 |
モグラはほとんど目が見えない普段は土の中で活動しているモグラ。地中は真っ暗なため、外に出て太陽を見るとさぞかしまぶしく感じるだろうと思いきや、実はそんなことはありません。というのも、モグラの目は開かないため、物を見ることができないからです。 そもそも、モグラは土の中で一生を終え、外に出ることもほとんどありません。そのためモグラにとって視力は必要なく、目が見えなくても生活できるように進化してきました。かつてはちゃんと目が開いていたそうですが、必要がなくなったため、次第に皮膚で覆われ、最終的に目が開かなくなったというわけです。 また、たとえ土の中で目が開いていても、移動中に土が目に入って大変なことになります。目が開かないのはそのような理由もあるからだそうです。 では、モグラはどのようにして周囲の様子を把握するかというと、鼻先にある「アイマー器官」と呼ばれる部位で土の中の振動などを感じ取り、的確に行動できるようになっています。 |
教科書に「マゼラン」という名前は掲載されていない「太平洋の名付け親で、史上初の世界一周の航海を成功させた探検隊を率いたポルトガルの探検家は誰?」という問いに対して、ある世代以上の人は「マゼラン」と答えるでしょうが、実はこの答えは現在の学校教育では正しくありません。しかも、教科書を見ても「マゼラン」という名前は書かれていません。 では、誰がこの偉業を達成したかというと「マガリャンイス」という人物です。実はこの人、マゼランと同一人物です。「マガリャンイス」は「マゼラン」という名前をポルトガル読みにしたものです。現在、教科書では人物名は母国語の表記や発音にならって掲載される傾向にあり、マゼランの生まれ故郷であるポルトガルでの現地語読みで表記されるようになったという事情があったのでした。 このような教科書の変化は色々とあります。たとえば、鎌倉幕府の成立年です。多くの人は「いい国つくろう鎌倉幕府」という語呂合わせで1192年と覚えているでしょうが、現在の教科書では、鎌倉幕府初代将軍・源頼朝が守護・地頭の任命権を得た1185年が、実質的な幕府成立年として記載されています。 ちなみに、さきほど、「史上初の世界一周の航海を成功させた探検隊を率いた」といいましたが、これはその通りで、「マガリャンイス」自身は、途中で原住民に殺害されたこともあり、世界一周はしていません。 |
瓶のふたが固くて開けられないときは、ゴム手袋をするとよい買ったばかりのジャムの瓶のふたが固くて開けられないことはしばしばあります。なぜこんなに固いかというと、気圧の差が関係しています。新品の瓶詰めは、中身が空気と触れて酸化しないように、内部の気圧が低く保たれています。そのため、外気圧によってふたが押され、固く締まっているのです。では、そんなときどうすれば良いかというと、実はある方法で簡単に開けることができます。 それは、ゴム手袋をはめてトライする方法です。ゴム手袋を使うことで、手と瓶の間の摩擦が大きくなり、滑りにくくなって簡単に開けられます。もしゴム手袋がない場合は、ふたにゴムを巻き付けることでも同じ効果が得られます。 他にも、ふたをお湯で温めることも有効です。金属のふたが膨張して、わずかな隙間ができて開けやすくなります。40度から50度ほどのお湯に瓶を逆さにして、ふただけを1、2分ほど浸しておくと簡単に開くようになります。また、ドライヤーの熱風を当てる方法もよいでしょう。 |
ヘレン・ケラーはにおいで相手が誰かがわかった視力や聴力を失いながらも、世界各地を巡ってさまざまな福祉活動を行ったヘレン・ケラー。彼女は目が見えなかった分、他の感覚をいかして、近くにいる人が誰かを判断したそうです。その感覚とは、嗅覚です。 彼女は目の前の人の体臭を嗅ぎ取ることで、その人が誰であるかを判断することができたといいます。彼女いわく、「体臭は顔や手と同じで、個人ごとに異なり、匂いでその人を特定できる」と語っていました。その嗅覚は常人のレベルをはるかに凌駕していたようで、「アフリカのど真ん中で会ってもすぐにわかる」とも話していたようです。 また、ヘレン・ケラーによれば、「刺激的な体臭を持つ人は、生命のエネルギーにあふれており、逆に、体臭がはっきりしない人は、生命力や面白みに欠けている」そうです。彼女は、ただ特徴を感じ取るだけでなく、その人物の人柄や人生までも体臭で読み取っていたことがわかります。 |
江戸時代に最初に出来た銭湯は、蒸風呂だった現在はスーパー銭湯に押され、町中の小さな銭湯はどんどん少なくなってきています。そんな銭湯ですが、江戸時代にはすでに存在していました。江戸に初めての銭湯がオープンしたのは1591年、江戸幕府が開かれる少し前のことです。しかし、この銭湯は現在のものとはまったく様子が異なっていました。 実はこの江戸最初の銭湯は、浴槽の底に膝を浸す程度の量のお湯が入っており、そこに下半身を浸して、湯気で上半身を温める、いわゆる蒸し風呂のような形で営業していました。入口も、現在では引き戸などの扉が使われていますが、その形だと湯気が逃げてしまうため、天井から低い位置まで板を下げただけの扉を使っていました。湯気は高いところにのぼる性質があるため、これだと湯気が逃げません。入浴する人は、この扉をくぐって中に入っていました。 一般的な浴槽にお湯をたっぷり入れて肩までつかるタイプの銭湯が登場したのは、それから20年ほど後のことです。ちなみに当時の銭湯は男女混浴でした。幕府は何度も混浴禁止令を出しましたが、なかなか浸透せず、男女別の銭湯が普及したのは明治に入ってからでした。 |
| 掲載日時 | 2025/11/15 8:00 |
|---|---|
| タグ | 聞くトリビア 大橋俊夫 |
クイズに関するニュースやコラムの他、
クイズ「十種競技」を毎日配信しています。
クイズ好きの方はTwitterでフォローをお願いします。
Follow @quizbang_qbik