よみもの|コラム
モミジ院長のリカバリー日記
モミジ院長のリカバリー日記
森隆徳 (徳山静養院 院長)
vol.45

モミジ院長のリカバリー日記第45回

(続き)大石君の話ばかりで申し訳ないが、興味が尽きなかった。今回の参加は「TVガイド」からの刺客としてのものだった。たった一枚だけ持参してきた「TVガイドシール」をTシャツに貼り、チャレンジした。

ウルトラ挑戦6度目にしてドームを突破した苦労人だ。

第15回の機内ペーパークイズについて大石君と論議した。

どんな問題が出たかと言うと、次のような感じだった。

Q1、輸入自由化された初年度の関税の割合は?①30% ②50% ③70%

Q2、最近エステが大ブーム。女性が気にする「リンクル」って何?①シワ ②ソバカス ③シミ

Q3、沈没したタイタニック号から生還した日本人の子孫は?①坂本龍一 ②細野晴臣 ③高橋幸宏

Q4、大ヒット「カルピスウォーター」はカルピスを水で何割に薄めたもの?①約3割 ②約5割 ③約7割

Q5、学生代議士として政界デビューしたのは?①小沢一郎 ②海部俊樹 ③浜田幸一

Q6、日本公演のチケットの値段が最も高かったのは?①マドンナ ②M.C.ハマー ③ローリング・ストーンズ

Q7、卓球のボールが1秒間あたりに回転する最高値はどのくらい?①45回 ②90回 ③180回

Q8、吉本興業所属の日米混血タレントの名は?①ソフィア・ローソン ②ブリジット・バンドー ③カトリーヌ・ドゥワップ

Q9、日本企業の「交際費」。1年間の総額はおよそいくら?①500億円 ②5000億円 ③5兆円

Q10、昨年カラオケボックスで、最も歌われた曲は?①おどるポンポコリン ②マイウェイ ③ホテル

以上のような感じが続くのだが、読者の皆さんはこの10問の中で、確信を持てる解答が何問くらいあるだろうか?

僕はQ2Q3Q5Q8の4つ。統計モノはことごとく確信がなく、ほとんど勘だったが、大石君は僕の確信4問プラス「統計モノ」もかなりの割合で確信解答のようだった。頻出される統計問題をある程度予想していたという。新聞、雑誌、統計書などを読み漁って勘を身につけたという。(続く)

 

テーマ問題【ファッション③】

 

問題17  1920年代に流行し、現在はトラッドファッションの定番となっている、襟と袖のカフス部分だけを白にしたストライプや色物のシャツのことを何と言う?

問題18 世界の民族衣装からヒントを得たファッションを、「民間伝承」と言う意味の英語で何と言う?

問題19 1936年、作家の宇野千代が日本で初めて発刊した時事新報社のファッション誌は何?

問題20 1960年、日本人としてパリで初めてのファッションショーを行ったデザイナーは誰?

問題21 山本耀司、高田賢三、金子功、コシノジュンコなど数多くのファッションデザイナーを輩出した代々木の服飾専門学校と言えば?

問題22 ビキニ環礁での原爆実験の4日後となる1946年7月5日、フランスのデザイナー、ルイ・レアールが考案した水着「ビキニ」を着て、パリのファッションショーに登場したダンサーは誰?

問題23 1942年、ドイツ占領下のパリで行ったファションショーで、トリコロールをあしらったイヴニングドレスを発表し、フランス国民を感動させたデザイナーは誰?

問題24 アジアの民族衣装で、「アオザイ」はベトナム、「サリー」はインド、では「デール」は?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

正解【ファッション③】

問17   クレリックシャツ(「牧師」と言う意味を持つ)

問18  フォークロア

問19   『スタイル』(創刊号の表紙画は藤田嗣治による。題字は東郷青児。また、同時期、洋装のファッション専門雑誌として『装苑』が文化出版局から創刊された。)

問20   中村乃武夫(1964年、森英恵らとともに、「東京コレクショングループ」を結成。日本ユニフォームセンターの常務理事を晩年務めていた。当時、皇后陛下のデザイナーとしても有名)

問21   文化服装学院(1919年、並木婦人子供服裁縫店を経営する並木伊三郎によって、教授所が併設され、それがのちの「文化裁縫女学校」となった。1936年、学校名を「文化服装学院」に改称した。出身者は他にも多数。ピーコ、ドン小西、畠山みどり、コシノヒロコなど。)

問22   ミシュリーヌ・ベルナルディーニ(ルイ・レアールは「ビキニ」を着てくれるモデルを探すのに苦労したが、当時の世界観では難しかった。カジノ・ド・パリのヌードダンサーが結局承諾したが、のちに彼女は大人気となり、女優になった。同じ時期に「ビキニスタイル」の下着を考案し、「アトム」と命名したのはデザイナーのジャック・エイム、また、「トップレス」の考案はルディ・ガーンライヒ)

問23   マダム・グレ(ジェルメーヌ・エミリ・クレブ、生涯の大部分をパリで過ごし、「グラン・マダム」と呼ばれた。)

問24   モンゴル(「パーシン」はタイ、「エンジー、ロンジー」はミャンマー、「キラ、ゴ」はブータン、「チョゴリ」は韓国、「サロン・カパヤ」はインドネシアなど)

徳山静養院 院長
森隆徳

学生時代、クイズ番組の出場経験があり、広島でクイズサークル「モミジQ楽部」を友人と立ち上げた。精神科医になり、元祖クイズドクターとしてテレビ番組への出場、自身の大会を開催するなどクイズ活動を行う傍ら、医療の中でクイズを使った活動を行い注目を集めている。

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