『YouTube公開』箱根駅伝の「替え玉」騒動、知ってる?
【朗読】眠気を誘う雑学【聞くトリビア】
『スマホを使いすぎると○○○○になる危険性がある!?』
『七味唐辛子は、地域によって味が違う!?』
あなた史上最高によく眠れる!?面白雑学動画!
こちらは動画の内容の書き起こし記事です。
音声と一緒にお楽しみください。
元素のニッケルの名前は、妖精からきているステンレス製品やさまざまな家電にも利用されている金属、ニッケル。この名前は、ドイツに伝わる伝説の妖精の名前「ニコラウス」に由来しています。 古くからドイツでは、ニッケルを含む鉱石を溶かしてできた緑色の溶液を使ってガラスを着色していました。ドイツの鉱夫はその鉱石が長らく銅鉱石であると考えていましたが、そこから銅を抽出することができず、不思議に思われていました。 そこで彼らは、これは伝説上のイタズラ好きの妖精ニコラウスが、銅鉱石から銅を取り除いているのだと考えていました。しかし、後にこの鉱石が銅ではなく、別の物質を含むものであることが判明しました。そのエピソードからこの物質が、妖精ニコラウスにちなんだ名前である「ニッケル」と名付けられたとされています。 ちなみに、コバルトもドイツの子どもの妖精「コボルド」に由来します。その経緯もニッケルと同じで、銀鉱石と思っていた石から銀が取り出せず、それが妖精の仕業と思い込んでいましたが、結局それが別の鉱石であったことがわかり、妖精にちなんで名付けられました。 |
世界初のモノレールは、馬が引いていた日本でモノレールが登場したのは1951年、今はなくなってしまった東京の遊園地・としまえんにできた遊具としてだそうです。世界では1824年、イギリスのヘンリー・パーマーという人物が貨物運搬用のモノレールをテムズ川河畔の造船所に建設したのが最初とされています。当初のモノレールは、電力や蒸気機関などを利用して自動的に走るものではなく、地上の馬に引かせるという非常に原始的なものでした。 このモノレールは木材のレールの上に車両をまたがらせて、その車体から左右に吊るしたかごを地上の馬に引かせる形で走らせていました。輸送力はかなり低かったのですが、当時としては革新的なものであったようです。ちなみに、この1年後に世界初の蒸気機関車の実用化が成功しています。 本格的なモノレールが誕生したのはそれから60年以上後の1888年のことでした。アイルランドで貨物を牽引するため、およそ15kmの距離を走るモノレールが建設されました。この頃には馬ではなく、蒸気機関車が採用されたことで、輸送力も格段に向上しました。このモノレールは貨物と同時に人も運んでいたため、現在の公共交通型のモノレールの先駆けとなりましたが、乗り心地は悪く、その点は不評だったようです。 |
アメリカでは、マーガリンを販売できないバターよりも手頃な値段で購入できるマーガリン。日本では多くの人が口にしていますが、アメリカではマーガリンの販売を禁止しています。というのも、マーガリンに含まれる「トランス脂肪酸」が人間の体に悪影響を及ぼすことが問題視されているからです。 トランス脂肪酸は摂取すると体の中で悪玉コレステロールが増加し、善玉コレステロールが減少するというデータがあり、その結果、動脈硬化が進行して心筋梗塞や脳梗塞のリスクが高まるとされています。また、糖尿病や認知症との関連が指摘された報告もあります。 そのため、WHO(世界保健機関)では、2023年に、食品に含まれるトランス脂肪酸の一切の根絶を目指す方針を掲げました。それを受けてアメリカでは、トランス脂肪酸が含まれるマーガリンの販売を禁止したというわけです。 では、日本はなぜマーガリンの販売を続けているのかというと、日本人は海外の人と違い、普段からそれほどトランス脂肪酸を摂取していないため、マーガリンに含まれる量であれば健康への影響は少ないと厚生労働省が判断しているからです。ただし、メーカー側はトランス脂肪酸を極力減らしたマーガリンを発売するなど、努力を続けています。 |
けん玉は16世紀フランスですでに遊ばれていた日本の伝統玩具ともいえるけん玉。日本生まれの遊びと思っている人もいるかもしれませんが、実は違います。いつどこで考案されたかは正確にはわかっていませんが、確認できる最古の記録によると、16世紀のフランスで、子どもたちがけん玉の原型とされる道具で遊んでいたと記されています。 この遊び道具は「ビル・ポケ」と呼ばれていました。「ビル」は「ボール」、「ポケ」は「小さい木」という意味があります。現在のけん玉とは違い、両端に大小の受け皿があり、それに糸でつながれた玉を何度もくり返して受けて遊ぶものでした。この遊びは庶民だけでなく貴族や上流家庭、そしてフランス国王アンリ3世も楽しんでいたという記録も残っています。ちなみに、貴族などが使っていた「ビル・ポケ」は木ではなく象牙が使われ、彫刻が施されるなど非常に高価なものだったそうです。 そして、この「ビル・ポケ」が日本に伝わったのは江戸時代中期頃でした。その頃は酒の席で大人たちが楽しむものだったそうです。その後大正時代になると、この「ビル・ポケ」が改良され、現在のようなけん玉の形となり、多くの子どもたちに親しまれるようになりました。 |
血が透明な魚がいる南極に生息する魚、オセレイテッドアイスフィッシュ。和名ではジャノメコオリウオと呼ばれます。この魚は非常に不思議な性質があります。その性質とは、血液が赤くなく、まるで水のように透明であるということです。 普通、動物の血液には赤血球があり、この中に体に酸素を運ぶヘモグロビンというタンパク質があります。ヘモグロビンが赤い色素を持つため、血液は赤く見えるのですが、この魚の血液には赤血球がほとんど存在せず、さらにわずかに残されている赤血球の中にもヘモグロビンが含まれていません。そのため、血が透明なのです。 この魚はどうやって体内に酸素を行き渡らせているのでしょうか。実はその仕組みの詳細は完全に解明されていません。ただ、他の魚に比べて心臓が大きく、大量の血液が循環しており、その血液に酸素を溶かしていることや、エラだけでなく皮膚から海に溶け込んだ酸素を吸収しているため、これらによって体中に行き渡らせているのではないかと考えられています。 |
重さ1トン以上ある馬がいる競馬に出走している競走馬の平均体重はおよそ450から500kgほどだそうです。それでもかなり重い印象を受けますが、世の中にはこれを超えるはるかに重い馬が存在します。 それが、イギリス原産のシャイアーという馬です。平均的な体の高さはおよそ160から170cmと競走馬とそれほど変わりませんが、中には180cmを超える個体もいて、その体重は1トン以上と、競走馬のおよそ2倍に達します。 シャイアーはその体の重さから、10馬力以上に相当するパワーを発揮するということで、20世紀初頭には、荷物を引く作業馬として活躍し、およそ4000頭がイギリスからアメリカに輸出されました。しかし、機械化が進むにつれてその役割は失われ、一時は絶滅の危機に瀕するほどまで数が減少していったそうです。 しかし、その後の保護活動により個体数は回復しつつあります。そして現在では、馬車を引く馬やショーに出演する馬として活躍するなど、さまざまな形で人々に親しまれています。 |
サッカーで、宙返りするスローイン方法がある通常、サッカーのスローインといえば、両手でボールを頭の後ろからピッチの中に投げ入れるだけですが、ゴール前のクロスのような、とんでもない飛距離が出るスローインがあります。 それが「ハンドスプリングスロー」という方法です。タッチラインに向かって助走をつけ、近づいたところで地面にボールをつけながら前転の要領で体を回転させ、その反動を利用してボールを投げ入れるもので、この方法だと、通常のスローインに比べてより遠くまでボールを届けることができます。その飛距離は50メートルを超えることもあるそうです。 試合によっては、このスローインが得点につながる展開もあり得ます。実際、相手ゴールへ向けて放ったスローインがゴールキーパーの手を弾いて、直接ゴールネットを揺らした記録も残っています。ただし、直接ゴールに入った場合は得点が認められません。 ちなみに、両手ではなく片手でスローインしたほうが距離が伸びるのではないかと思うかもしれませんが、サッカーのルールでは片手でのスローインは反則とされています。 |
天ぷらの衣にマヨネーズを使うと、カラッと揚がる家で天ぷらを作ると、どうしてもベチャッとした仕上がりになりがちです。しかし、ある工夫をすることで、お店で味わえるようなサクサク食感を簡単に再現できます。 それは、衣にマヨネーズを使うことです。衣を作るときに卵の代わりにマヨネーズを加えることで、サクサクとした揚げ具合になります。マヨネーズには脂分が含まれているため、油に入れた際に衣の温度が上がりやすく、水分がより蒸発しやすくなることや、マヨネーズに含まれる油やお酢が、小麦粉の粘り気の原因となるグルテンの形成を抑えるため、このような食感が生まれるというわけです。 これ以外にも、衣をつける前に食材に軽く小麦粉をつけることで、素材から水分が外に出にくくなり、衣がベチャつきにくくなります。このようなテクニックを使って、美味しい天ぷらを味わってみてください。 |
伊藤園の「お~いお茶」は、ペットボトルと缶で味が違う伊藤園が発売している「お~いお茶」には、ペットボトル入りのものと缶入りのものがありますが、実はこれらの中に入っているものは同じではありません。透明なコップに入れてみると色が違うのがわかりますし、飲んでみると味も異なります。 これには茶葉の細かさが関係しています。ペットボトルのほうは、光の影響を受けると劣化してしまう細かい茶葉をろ過して取り除いています。一方、缶は光が入らないため、細かい茶葉はそのまま残した状態で製品化されています。そのため、缶入りのほうが濁っており、急須で入れた状態に近い濃厚なお茶を味わうことができます。 また、ペットボトルのサイズによっても味が違ってきます。大型の2リットル入りのものより、195ミリリットル入りのほうが濃い味になっています。これは、195ミリリットルの製品は短時間で飲み切ることが多いため、飲み応えがある濃いめの味に調整されているのに対し、2リットルのものは一度に飲みきらず何度かに分けて飲むため、すっきりとした味わいに調整されているのだそうです。 |
カリフラワーは茹でるより、生で食べたほうが栄養価が高いカリフラワーは茹でてから食べるのが一般的ですが、実は生で食べることもできます。しかも、生で食べたほうがより高い栄養を得ることができます。 カリフラワーはもともと栄養価の高い野菜で、多くのビタミンや葉酸、食物繊維が含まれています。このうちのビタミンCは熱には強いとはいえ、茹でると4割ほどが失われてしまいます。しかし、生で食べればビタミンCをそのままの量で摂取することができるわけです。 とはいえ、カリフラワーは生でもいけるのか疑問に思う人もいるかもしれません。しかし、水でしっかり洗えばそのまま食べることができ、海外では生が普通だそうです。茹でると柔らかくなりますが、そのままだとシャキシャキ感が残り、また違った食感を楽しむことができます。小さくカットしてサラダなどに混ぜれば美味しく食べることができるので、一度試してみてはいかがでしょうか。 |
学校に桜の木が植えられているのは、戦争がきっかけ学校の校庭には必ずといっていいほど桜の木が植えられています。そのため、卒業式には桜をイメージする人も多いでしょう。では、なぜ桜の木が植えられているかというと、その背景には戦争が大きく関わっています。 明治時代、当時の政府は軍の強化を図るため、国民に戦争への意識を高める政策が進められていました。そこで日本を代表する花である桜、特にソメイヨシノをその象徴として利用するようになりました。花が一斉に咲く様子は国民がひとつであるということ、一斉に散る様子は何事にも恐れない覚悟を持つことを重ね合わせ、ソメイヨシノを見ることで連想させようとしていたというのです。そこで、子どもの頃から桜を通してこのような意識を持たせるべく、学校にソメイヨシノを植えたといわれています。 今でこそ桜は、戦争のイメージはほとんどなく、むしろ平和であることを感じさせてくれる象徴になっていますが、実はそこには当時の政府の思惑が大きく関わっていたと聞くとびっくりしてしまいます。 |
モハメド・アリは、自転車が盗まれたことをきっかけにボクサーになった20世紀を代表するアメリカのボクシング世界チャンピオン、モハメド・アリ。実際の試合映像を見たことがなくても、その名前を知っている人は多いのではないでしょうか。そんな最強のアリがボクサーを目指したきっかけは、子どもの時に経験した自転車泥棒でした。 アリは少年時代、父親からプレゼントされた自転車に乗って、夢中になって遊んでいたそうです。しかし、12歳のとき、その自転車が盗まれてしまいます。アリは相当悔しく、犯人に対して強い恨みを抱いたといいます。そしてその被害届を出した際、思わずつぶやいた「盗んだ奴を殴ってやりたい」という言葉を聞いた警察官は、「強くなりたかったら、ボクシングを習え」とアリに勧め、その警察官がトレーナーを兼業していたボクシングジムを紹介しました。アリはそこでボクシングに打ち込み、次第に実力をつけていき、1960年のローマオリンピックのボクシング競技で金メダルを獲得し、後にプロとして世界チャンピオンへと上り詰めたのです。 自転車泥棒に対する怒りと悔しさが、アリを世界的なボクサーへと成長させたというわけです。 |
昔の野球は、21点先取すれば勝ちだった野球の試合は延長戦を除けば9回まで行われますが、実はもともとのルールはまったく違いました。なんと、先に21点取ったほうが勝ちというルールだったのです。 これは19世紀半ばまで行われていたもので、3アウトで交代というのは変わりませんが、どちらかが21点取るまでは何イニングでも試合が続けられていました。 しかし、これでは試合時間が長くなりすぎてしまいます。当時の野球場には現在のような照明設備がなく、日が暮れると試合を続けるのが困難でした。さらに、当時試合終了後に打ち上げとして食事会を行うのが恒例でしたが、このルールだと時間が読めず、食事を用意するコックたちからもクレームが上がっていたそうです。 そこで現在の9回までで試合を終了させるイニング制が提唱され、議論の結果、現在の試合形式へと移行しました。 |
保津川下りの船は、上流までトラックで運ばれる京都の亀岡市から嵐山まで、船に乗って保津峡の景色を楽しむ「保津川下り」。16キロほどの距離をおよそ2時間かけて下っていき、途中には激流もあるため、スリル満点の船旅を楽しむことができます。しかし、それだけの距離を下った後、どうやって船を再び上流の亀岡まで戻しているのか。実は船をトラックに乗せて上流まで運んでいました。 下流まで降りてきた船はクレーンで川から引き上げられ、何台も積み重ねるようにしてトラックの荷台に載せられます。そして上流まで運び、船乗り場で降ろすというわけです。 トラックがある現在でこそこのような手段で運ぶことはできますが、交通網が発達していない時代にはどうしていたのかというと、川の流れに逆らう形で、人の力で引っ張って運んでいたそうです。船頭さんが4人がかりで1艘の船を運んでいたといいますから、相当過酷だったと言われています。 ちなみに、船を操る船頭さんはどうやって戻っているかというと、保津川沿いを走るJRに乗って戻るとのことです。 |
ゾウの鼻は、ほとんどが筋肉ゾウの最大の特徴である鼻。器用にリンゴをつかんだりするため、中に動かすための骨がたくさんあるのかと思いきや、実は骨は一切ありません。確かに博物館などにあるゾウの標本を観察してみると、鼻に骨が存在しないことがわかるでしょう。 では、どのようにして鼻を動かしているかというと、骨の代わりにたくさんの筋肉があるからです。人間の体にある筋組織はおよそ650ほどですが、ゾウは鼻だけでもおよそ4万もの筋組織があります。その筋肉が、鼻を自由自在に動かしているわけです。 本来、生き物は骨と骨のつなぎ目の関節を曲げることで体を動かしているため、部位には曲がるところと曲がらないところがありますが、ゾウの鼻は骨ではなく筋肉であるため、それだけ柔軟にあらゆる方向に動かすことができます。 ちなみに、ゾウの鼻の重さは体重のおよそ5パーセントになります。重さ4トンのゾウの場合は、鼻だけでなんと200kgもあることになります。 |
クラゲに刺されたことがある人は、納豆アレルギーになりやすい「サーファーには納豆が食べられない人が多い」という話はご存知でしょうか。実際にサーファーの人が納豆を食べるとアレルギー反応を起こす場合があると報告されています。これは、サーファーが海でクラゲに繰り返し刺されたことが原因です。実は、クラゲに刺されたことがある人は、納豆アレルギーを発症しやすい傾向があるのです。 これはクラゲの毒液に含まれるPGA(ポリグルタミン酸)という成分によるものです。クラゲは刺すとき、このPGAを含む物質を放出し、ヒトの体に注入します。そして注入されたPGAを体は異物として認識することで、PGAに対してアレルギー反応を引き起こすことがあります。 このPGA、実は納豆のネバネバにも含まれています。そのため、納豆を食べたときに、ネバネバの中のPGAが以前クラゲに刺されたときと同じ物質であるとして体に認識され、アレルギー反応が発生するというわけです。 クラゲに刺されて納豆アレルギーが起きるのはまれなケースですが、実際に発症すると、場合によっては重度のアナフィラキシーを引き起こすこともあるため、海に入るときはクラゲに注意しましょう。 |
沖縄の染め物、紅型(びんがた)は、レコードを使って作っていた沖縄を代表する染め物の「紅型」。沖縄ならではの鮮やかで大胆な色使いが特徴的です。この紅型が誕生したのは14世紀から15世紀頃だといわれています。その後、長年にわたり沖縄の人々の間で作られ続けてきました。途中、戦争によりその歴史は途絶えてしまうかと思われましたが、沖縄の人々はそれでも、たくましく紅型を大切に守っていたのです。 ただ、戦後の沖縄では物資不足のため、紅型を作るための道具もほとんど残っていません。そこで、型紙の代わりに捨てられていた軍用地図を利用し、銃弾の薬莢を糊を入れる袋の先端に、口紅を顔料に、そして割れたレコード盤を糊を塗るヘラとして使うなど、さまざまなものを代用品にして作り続けてきました。ときには銃弾の薬莢を使っているときに爆発するといった事故も起こるなど、通常の紅型作りのようにはうまくいかないこともあったそうですが、それでも紅型を途絶えさせないという気持ちは折れることがありませんでした。 そして戦後の苦しい時期を乗り越え、現在でも紅型は沖縄の文化として伝えられており、さらには沖縄県の無形文化財にも指定されるまでにいたりました。 |
アメリカには、犬の形をしたホテルがあるアメリカ、アイダホ州にある人口1000人に満たない小さな町、コットンウッド。ここには不思議なホテルが存在します。その名も「ドッグバークパーク・イン」。そこにあるのは巨大なビーグル犬の形をした建物で、お客さんはこの中で宿泊することができます。 このホテルはデニスという名のアーティストが建てたもので、彼はもともと木彫りの犬を作品として発表してきましたが、のちにこのコットンウッドにスタジオを建てて巨大な犬のオブジェを制作しました。そのオブジェは次第に話題を呼び、一目見ようと多くの人がコットンウッドに訪れるようになりました。そのことからデニスとその妻はこのスタジオ周辺を「ドッグバークパーク」と呼んで一般に開放することにしました。 その後、デニス夫妻はさらに大きな犬のオブジェを作り、そこに人が宿泊できるようにすれば面白いのではないかということで制作に取り掛かり、完成したのがこのホテルというわけです。 高さ9メートル、長さ10メートルほどの大きさで、胴体に寝室とバスルーム、頭の部分にも1つ寝室があります。宿泊できるのは一度に1組だけです。風変わりなホテルではありますが、物珍しさだけでなく、宿泊客には非常に好評で、ホテルとしての総合評価も高いとのことです。 |
北海道には「ヒマラヤ」ではなく、「ヒラヤマ」や「ヒマラヤマ」がある北海道中央部に位置する大雪山。その北には、変わった名前の山が存在します。その名も「ヒラヤマ」。「ヒマラヤ」ではなく「ヒラヤマ」です。さらに、その近くには「ヒマラヤマ」という名前の山もあります。どちらも集中して聞いていないと「ヒマラヤ」と間違えそうですが、そんな山々が近い位置にそびえています。 「ヒラヤマ」は漢字では「平山」、「ヒマラヤマ」は「比麻良山」と記します。「比麻良山」の由来は、アイヌ語の「崖がある山」という意味の「ヒム・オマ・ヌプリ」に由来するとされていますが、「平山」の名前の由来は不明です。 また、比麻良山から少し南には「比麻良山」の「良」の字を「奈」に置き換えた「比麻奈山(ひまなやま)」という山がありますが、こちらの名前の由来もわかっていません。 「ヒラヤマ」「ヒマラヤマ」「ヒマナヤマ」と「ヒマラヤ」と聞き間違えやすい紛らわしい名前の山が、同じ地域に3つも存在しているのは非常に興味深い話です。 |
パンダ柄のエビがいる2024年、和歌山県白浜町で面白いエビが発見され話題となりました。それは「パンダメリタヨコエビ」というヨコエビの新種で、「パンダ」という名前の通り、体に白と黒の模様があります。 体長はおよそ5mⅿから8mⅿと小さく、砂地にある石の下に生息しています。なぜこのような色をしているかというと、海の中で周囲の風景に溶け込みやすく、敵から逃れやすくなるからと考えられています。 また、2025年にはこのパンダメリタヨコエビよりも白と黒の色がはっきりと現れている「ヨリパンダメリタヨコエビ」というエビも発見されました。こちらのほうがよりパンダに似ていることから、この名前がつけられました。 白浜町といえば、かつてパンダが飼育されていたアドベンチャーワールドがある町です。その町で発見されたこのエビは、パンダに代わる新しい町の名物になるかもしれません。 |
モスバーガーのライスバーガーは、農林水産省からの打診で生まれたモスバーガーを代表するメニューのひとつ、ライスバーガー。誕生したのは1987年のことです。実はこのライスバーガーが誕生するきっかけは、農林水産省からのお願いでした。 1980年代、朝食などで多くの家庭がパンを食べていたことから、お米の消費が減っていました。そこで農林水産省は外食産業の団体に対し、お米を使ったメニューを作ってくれないかという打診を行っていました。モスバーガーでは当時、「ハンバーガーはパンで挟むものだけではない」という考えがあったことから、この要請に応える形で、お米を使った新しい商品の開発が始まり、さまざまな苦心の末、ライスバーガーが誕生したわけです。 当初、中の具に選ばれたのは鶏肉を使ったつくねでした。さまざまな具を試した結果、ハンバーガーらしい雰囲気も出せて、かつご飯との相性も良いことから選ばれたとのことです。そして発売したところ、物珍しさから大ヒットし、店によっては売り切れるところもありました。そして現在、ライスバーガーはモスになくてはならない商品となっています。 |
ベトナムには、龍が火を吹いている橋があるベトナム中部に位置する都市・ダナン。市の中央にはダナンのシンボルとなっている「ロン橋」という橋がかかっています。全長666mの橋で、自動車だけでなく両脇に歩道があるため歩行者も通行でき、市民に広く利用されていますが、それだけでなく観光客にもフォトスポットとして人気となっています。 この「ロン橋」の「ロン」とは、ベトナム語で「龍」という意味があります。なぜこのような名前がついたかというと、橋のアーチ部分が龍の姿にデザインされているからで、しかも週3回、この龍の口の部分から火を吹くショーが行われています。その時間は1回につき2分ほどと長くはありませんが、迫力ある姿を見ようと多くの観光客が集まります。 また、火だけでなく水を吐き出すショーもあり、こちらも1回30秒ながら多くの人が訪れます。このショーでは橋の上で見ると水がかかってしまうため、雨ガッパを準備している人も見られます。もし、ベトナム・ダナンに訪れるなら、見逃さないほうが良いでしょう。 |
ペンネームを毎年変えた作家がいた芥川賞と並び、日本文学を代表する賞「直木賞」。この「直木」は、作家の直木三十五にちなんでいます。同じく作家の菊池寛が、友人である直木三十五の死を悼み、その翌年に大衆文学の作家に与える賞として「直木賞」を創設しました。そんな直木三十五ですが、一時期、毎年のようにペンネームを変えていたという話があります。 当初、彼は直木三十一というペンネームを名乗っていました。「直木」というのは、彼の本名「植村」の「植」という字が「木へん」に「直す」という字で構成されていたため、これを分解する形でつけたもので、そこに当時の年齢だった「三十一」を組み合わせたものでした。しかし翌年、年齢がひとつ増えたのに合わせて「直木三十二」。そしてさらにその翌年には「直木三十三」とペンネームを変更します。 しかし、直木は「三十三」でペンネームをとどめ、「直木三十三」として執筆を続けることを一度は決めました。実際、この名前をしばらく使い続けましたが、「三十三」、すなわち「三三」は「散々な目に合う」の「散々」と通じて縁起が悪い、また姓名判断でも良くないとの理由から、35歳の時に「直木三十五」と改め、その名を使い続けることにしたのでした。 |
ウッカリカサゴという魚がいる海釣りのターゲットとしても人気の魚にカサゴがいますが、その姿によく似た「ウッカリカサゴ」という変わった名前の魚もいます。このウッカリカサゴはカサゴと姿が似ているにもかかわらず、異なる種に属している魚です。 この名前は、カサゴに似ており、魚類学者が同じ種類であると勘違いしたことに由来します。確かに見た目はそっくりですが、よく見るとウッカリカサゴには体の表面の白いまだらの周囲に暗い縁取りが見られますが、カサゴにはそれがありません。また、ウッカリカサゴのほうが体が大きいという特徴もあります。ただ、このような違いがあっても魚類学者が間違うほどですから、見分けるのは難しいということです。 そんなよく似た見た目であるため、ウッカリカサゴがカサゴとして魚屋に流通しているという話もあります。私たちがカサゴと思って食べていたものが、実はウッカリの方だったという可能性もあるというわけです。 とはいえ、身は淡白で脂も適度にのっているため、味は美味しいとされています。「ウッカリ」とは名がついていますが、決してカサゴに引けを取らない魚なのでした。 |
関東と関西の七味唐辛子には違いがあるうどんやそばなどに使われる七味唐辛子。赤唐辛子、陳皮、山椒など7種類の原料から作られることからこの名前がつけられていますが、この中身、関西と関東で違うというのはご存知でしょうか? 七味唐辛子には「日本三大七味唐辛子」と呼ばれる区分があります。これは東京、長野、京都の老舗が作っている七味唐辛子のことで、材料がそれぞれ少しずつ違います。東京のものは生の赤唐辛子、焙煎した赤唐辛子、山椒、黒ごま、陳皮、ケシの実、麻の実を使っており、京都のものは乾燥した赤唐辛子、青のり、山椒、黒ごま、白ごま、紫蘇、麻の実を使っています。また長野のものは乾燥した赤唐辛子、生姜、山椒、黒ごま、陳皮、青紫蘇、麻の実が原料となっています。 なぜ、このような違いがあるかというと、地域ごとの食文化によるからだとされています。たとえば関東と関西ではそれぞれそばとうどんが人気があり、蕎麦のつゆは濃口の醤油味ですが、うどんつゆはかつお風味の淡口醤油味という違いがあります。それらに合わせた七味を研究した結果、このような原料の違いが生まれたというわけです。 |
人間のあくびは、犬にもうつる他の人があくびをしているのを見て、それがうつって自分もあくびをしてしまうということはよくある話ですが、実は犬も同じように、もらいあくびをするということがわかっています。 これは日本の研究チームが実験を行った結果判明したことで、人が犬に向かってあくびをすると、犬もあくびをするようになり、さらには、見知らぬ人がするよりも、飼い主がするほうがよりあくびがうつりやすいこともわかりました。 人から人にあくびがうつりやすいのは共感能力が高いからです。犬にあくびがうつりやすいのも、同じく犬が人間に対する共感能力が高いからと考えられています。また、人は見知らぬ人よりも親しい人のほうがあくびがうつりやすいということもわかっています。これは知っている人に対してのほうがより高い共感能力を持っているからですが、犬が知らない人よりも飼い主からのほうがよくうつるのも、これと同じ理由によるものと考えられています。 ちなみに、あくびがうつるのは人間と犬だけではありません。サルやチンパンジーなどの霊長類も同様の反応が得られるとのことです。 |
スマホを使いすぎると、二重あごになる可能性が出てくる現在、生活に欠かせなくなったスマホ。暇があればつい画面を見ている人も多いでしょうが、その行為を続けると目や肩の調子が悪くなるだけでなく、二重あごになってしまう可能性も出てきます。 スマホを見ているときは常に頭を下げています。その状態を長時間続けると首の部分の血液循環が悪くなり、そこに脂肪や水分がついてたるみやすくなります。そうなるとあごにも脂肪がついてしまうため、結果、二重あごになるというわけです。これは体形には関係なく、たとえ痩せていても首のしわや二重あごなどが生じてしまうことがあります。 これを防ぐためには、アゴを引くのではなく、アゴを少し前に突き出した状態でスマホを見ることが大事です。これを続ければ、シワが伸びて二重あごになることはありません。 また、シワや二重あごだけでなく、首や肩こりにも効果があるので、スマホを持つときはこの姿勢を意識してください。 |
目玉が直径40cmにもなるイカがいる深海に住むイカの一種、ダイオウホオズキイカ。深海に生息しており、その生態などはまだ不明なことが多いのですが、その大きさはダイオウイカよりも巨大だとされています。2007年に捕獲されたものは体重がなんと495kgあり、これはダイオウイカの平均体重100kgほどを大きく上回っています。そんなダイオウホオズキイカは目玉も非常に大きく、その個体の目玉は直径27cm、深海でいまだ発見されていないものであれば、直径はおよそ40cmと、バスケットボールとほぼ同じ大きさではないかと推測されています。 なぜ、これだけ大きい目玉を持つのでしょうか。ダイオウホオズキイカが生息するのは水深1000m付近の深海で光が届かず、暗闇に覆われています。そんな中、より多くの光を集めるためには目を大きくしなければならない、ということからこのように巨大に進化したのではないかと考えられています。 ただ、この大きさはあくまで予想であり、人類が未到達の深海には予想より大きなダイオウホオズキイカがいて、それ以上の大きさの目玉を持っているかもしれません。 |
韓国には「チャンジャ」という食べ物はないよく居酒屋のメニューで見られる韓国料理「チャンジャ」。このメニューを本場韓国で注文しても、出してくれる店はほとんどありません。というのも、韓国では「チャンジャ」という料理が存在しないからです。 「チャンジャ」という呼び名は韓国で言われるようになったのではなく、日本にやってきた在日韓国人がタラの胃の塩辛を商品化した際に名付けたもので、いわば和製韓国語というわけです。韓国では魚の内臓の塩辛は「チャンナンジョ」などと言い、これを注文するとチャンジャに近いものを出してもらえるかもしれません。 ただ、釜山や済州島などの南部地域では「チャンジャ」と言っても伝わる場合があります。これは在日韓国人には済州島出身の人が多いためと考えられています。 また、チャンジャ以外にもチヂミも韓国では通じません。韓国では「ジョン」と呼びます。このような和製韓国語は他にもあるので、旅行に行く際は注意が必要です。 |
平安時代、味噌は給料として役人に配布されていた日本古来の調味料、味噌。その歴史は古く、奈良時代には国をあげて作っていたという記録が残っているほどです。そんな味噌ですが、平安時代に官僚の給料として配給されていたという話があります。 当時、味噌は高級食材で、一般庶民の口に入ることはまずありませんでした。また単に調味料としてだけではなく、薬として使われていたと記録されています。そのため、味噌は貴重品として扱われており、そんな味噌が給与としてお金の代わりに使われることは、高級官僚たちにとって嬉しいことだったのかもしれません。 庶民の間に味噌が行き渡るようになったのは室町時代になってからのことです。なぜそこまで普及したかというと、国が味噌の原料である大豆の栽培を奨励したことにより大豆の生産が増加したからです。ちなみに味噌汁が登場したのもこの頃だとされています。 |
京都の寺の格式は、塀の線の本数でわかる京都には数多くのお寺がありますが、実はこれらのお寺にはそれぞれに格式があり、いわゆるランク付けがされています。そしてそのお寺がどれぐらい高い格式があるかというのは、お寺の塀を見ればわかります。 お寺の塀には定規筋(じょうぎすじ)という白い線が引かれています。これはもともと門跡寺院という貴族や公家が住職を務める寺の証明として引かれていたもので、当初、このようなお寺の塀には5本の線が引かれていました。それがやがてお寺自体の格式を表すものとして使われるようになり、最高ランクの寺には5本、それより下のものは4本、3本と少なく引かれるようになったというわけです。 京都の寺で、塀に5本の線が引かれているのは、金閣寺や東寺、東本願寺など、有名なところが多くあります。観光などで訪れた際には、ぜひチェックしてみてはいかがでしょうか。 |
フライパンが熱い状態で水洗いすると、フライパンは長持ちしないフッ素樹脂加工されたフライパンで調理した後、汚れた表面をきれいにするため、熱いうちに水を入れて洗う人がいるかもしれませんが、これはやめたほうが良さそうです。というのも、こうするとフライパンを早くダメにしてしまう可能性があるからです。 熱くなっているフライパンに冷たい水を流し込むと、樹脂加工された金属が収縮してしまいます。そうなると樹脂がはがれやすくなるのです。これは洗うときだけでなく、餃子を蒸し焼きにするために水を流し込むことも同様です。 水で洗うのは調理してから少したって、熱が冷めた状態になってからのほうが良いとされています。また餃子を作るときは水ではなく熱湯を注ぐと良いそうです。 他にも、調理中は空焚きしない、調理器具は木や樹脂製のものを使う、スポンジで洗うときは柔らかい面でやさしく洗う、といったことに注意していけば、フライパンはより長く使えるということです。せっかく購入したフライパンを短期間でダメにして捨てるのはもったいし、環境にもよくありません。大事に扱いましょう。 |
相手を指す「お前」という言葉は、もともと目上の人に向けて使われていたそんな仲が良くない人から、自分のことを「お前」と呼ばれたら、いい気分がしません。しかし、この「お前」、当初は目上の人に対して使われていたのが、時代が変わるにつれて意味が変わってきた言葉だったのです。 「お前」の「お」は、漢字では「御」と書きます。そのことからわかるように、平安時代頃には神や仏、身分が高い人に対して敬意を示す言い方として使われていました。しかし、江戸時代になると、「お前」という呼び方は、いつのまにか立場が低い人にも使われるようになりました。そして江戸中期に入ると敬意はほとんど含まれなくなり、現在のような相手を見下す意味合いで使われるようになりました。 同じように意味が変化していった言葉に「貴様」があります。「貴様」の「貴」は「貴族の貴」、「様」は相手の名前の後につけて敬意を表す言葉であるため、もともと尊敬の意味合いを込めて使われたことは想像できます。こちらも江戸時代までは目上の人に使われていましたが、次第に現在のような意味で使われるようになりました。 |
「闇落ちとまと」というトマトが販売されている新潟市の曽我農園という農園では非常に恐ろしい名前のトマトが販売されています。その名も「闇落ちとまと」です。その見た目もところどころ腐ったような部分があり、お世辞でも良いものとは言えません。しかしこの「闇落ちとまと」、価格が通常のトマトよりも高く設定されているにもかかわらず、人気商品となっているから驚きます。 この「闇落ちとまと」の腐ったような部分は、トマトを甘くするために水やりを少なくすることで生じたもので、品質そのものには影響はないらしく、むしろ他のトマトに比べて味は濃く、甘みも強いのが特徴です。しかし、その見た目から敬遠され、よく売れ残ってしまいました。そこで、あえて「闇落ちとまと」と銘打って発売したところ、物珍しい名前でSNSを中心に広まり、そしてその甘みからたちまち人気商品となっていったのです。 こう聞くと、家庭菜園でトマトを育てている人が、似たような腐った見た目になっても甘いから食べても大丈夫と思うかもしれませんが、それは危険です。この腐った見た目に似た症状に「灰色カビ病」などがあり、本当に病気だったということもありえます。このようなトマトを食べるのは、「闇落ちとまと」のようにきちんと管理された農園で販売されているものだけにしてください。 |
箱根駅伝に替え玉を走らせた大学がある正月の風物詩としておなじみの箱根駅伝。1925年に開催された第6回大会で非常に変わった事件が起こりました。 日本大学の第2走者は6位で中継所に飛び込み、そしてたすきを引き継いだ第3走者は一気に他の走者を抜き去り、2位にまでのし上がりました。そして7分半ほどあったトップとの差は2分ほどまでに縮めるという快走を見せました。最終的には日本大学は7位という結果に終わったものの、3区のランナーの頑張りは注目を集めました。 しかし、たすきをつないだ2区のランナー、たすきをもらった4区のランナー、ともに3区のランナーの顔に見覚えがありません。それもそのはず、この3区のランナーは日本大学の学生ではなかったのです。その正体は日本大学が雇った人力車夫で、その足の速さを見込んで替え玉にスカウトされたというわけです。そんな彼ですが、当時の人力車夫はことあるごとに「アラヨ」と声を出して気合を入れる習慣があり、彼も無意識に「アラヨ」と声を出していたため、後に大学生ではないことが判明したそうです。 そうなると日本大学は失格になってもおかしくありませんが、なぜか失格になりませんでした。公式記録には本来走るはずであったランナーの名前でタイムが残されています。しかし、日本大学側は責任を感じてか、翌年の大会は出場を辞退しています。 |
ベートーベンはコーヒーを淹れる時、毎回豆の粒を必ず同じにしていたかの大作曲家、ベートーベン。コーヒー好きとしても知られ、そのこだわりは相当だったとされています。というのも、1杯のコーヒーに使う豆の数を60粒と決めて、毎回数えていたというのです。 ベートーベンは、毎朝、食事はせず、コーヒーだけを飲む習慣がありました。彼の家に訪れた友人は、そのコーヒーが非常に美味しかったと記しています。その際にベートーベンはガラス製のコーヒー沸かし器を使用していたそうです。当時まだサイフォンといった便利な道具は発明されていなかったため、お湯で煮出すようなシンプルな方式でしたが、そこはベートーベンなりのこだわりを持った器具を使ってコーヒーを淹れていたとのことです。 また、ベートーベンは新しいコーヒー沸かし器が開発されるとすぐに購入して使っていました。そして、友人が家に来るとその構造について詳しく説明したという話もあります。それだけこだわったコーヒーを飲んだおかげで、あの数々の名曲が生まれたのかもしれません。 |
牛乳は、季節によって味が変わる牛乳なんていつ飲んでも同じ味ではないかと思う人が大多数だと思われますが、実は季節によって味が微妙に変化しています。夏の牛乳はさっぱりしており、冬の牛乳は濃厚な味わいになっています。 というのも、牛乳は母親の牛が赤ちゃんを育てるために出すお乳であるため、母親の牛の体調などが大きく関わるからです。寒い冬だと、母親の牛が厳しい寒さを乗り越えるために脂肪を蓄えようとします。その結果、牛乳にも脂肪分が多く含まれるようになり、より濃厚な味になるのです。一方、夏は牛が暑さに弱いため、たくさん水分を取ろうとします。そうなると、牛乳にもその水分が影響し、脂肪分が少ない、あっさりとした味の牛乳が出るというわけです。 また、牛を育てる農家側も、牛にたくさんエサを食べてもらうために、夏と冬では違うエサを与えることがあり、それが牛乳の風味や成分にも影響を与えます。さらに、牛の食欲も夏と冬で変わってきます。これらも牛乳の味が変化する原因となっているのです。 夏と冬で牛乳を飲み比べることはまず不可能ではありますが、季節によってコクや風味が変わることを知っていれば、牛乳の楽しみ方も少しは変わるかもしれません。 |
チキンマックナゲットは、わざと表面をボコボコにしているマクドナルドの人気メニュー、チキンマックナゲット。カリッとした食感とジューシーな鶏肉の味わいがたまらないと、ファンも多いでしょう。そんなナゲットの表面はデコボコした形状となっていますが、これはわざとそのように加工されています。 というのも、このデコボコした形状がナゲット独特のサクサクした食感を生み出しているからです。ナゲットは天ぷらをヒントに生み出されました。天ぷらではタネを高い位置から油に入れて揚げますが、チキンマックナゲットも同様に高い位置から油に入れることで、衣の表面がデコボコした形になり、あのサクッとした食感が生まれるというわけです。 また、中の鶏肉はむね肉と鶏皮を粗くミンチにして混ぜ合わせています。そうすることでジューシーな味わいが楽しめるのだそうです。 チキンマックナゲットが人気メニューとなったのは、このような細やかな工夫によって生み出される味や食感などの計算の結果なのでした。 |
ハイヒールはもともと男性が履いていた今では女性の履物としておなじみのハイヒール。誕生したのは10世紀頃のペルシャでのことでしたが、当時のハイヒールは女性ではなく、男性が履くものとして考え出されました。 というのも、当時のペルシャの兵士たちは馬に乗って戦いに出なければなりませんでしたが、その際、足をかけるためのあぶみに足がうまく固定できませんでした。そこで生まれたのがハイヒールでした。ヒールをうまく引っ掛けることであぶみと足を固定することができ、安定して馬に乗ることができたというわけです。 その後、ハイヒールは馬に乗るときだけでなく、おしゃれの一環として履かれるようになったのですが、それでもまだ履いていたのは男性でした。17世紀頃のヨーロッパでは男性の貴族が身長を高く見せるために用いられており、またそのことからか、男性貴族の間でハイヒールは富や権威の象徴として扱われるようになりました。ちなみに、フランス王ルイ14世もハイヒールを愛用したことで知られています。 そして、17世紀中頃になると、そんな男性が履くハイヒールに憧れた上流階級の女性がファッションに取り入れるようになり、徐々に女性用の履物として使われるようになっていきました。 |
パトカーを運転するには、特別なライセンスが必要パトカーは運転免許を持っている警察官なら誰でも運転できると思われがちですが、実は違います。パトカーを運転するには、警察が行う独自の検定に合格し、ライセンスを取得しなければなりません。 都道府県によって異なることもありますが、警視庁の場合は「普通技能検定」と呼ばれる検定を受けなければなりません。この検定には大きく、サイレンを鳴らして緊急走行することができる「普通技能検定A級」と、緊急走行できないミニパトなどを運転することができる「普通技能検定B級」があり、種類によって乗れるパトカーが限定されています。 これらの検定に合格するには、交通関係法規やパトカーの装置に関する学科試験、運転操作などの技能試験、さらに整備や点検などのテスト、それぞれで80点以上、さらに心理適性検査が5段階評価で3以上が必要となります。 また、このライセンス取得後も定期的な研修や指導があるため、取得したからと言って安心できるわけではありません。パトカーを運転するということは、それだけ大きな責任を伴うということでしょう。 |
| 掲載日時 | 2026/1/2 18:00 |
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| タグ | 聞くトリビア 大橋俊夫 |
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