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神の怒りから人々を守る聖母像がバロック以降タブーとされた理由は?

ギリシャ神話など「現役で信仰されていない宗教」の神話を描いた美術作品に比べ、キリスト教のいわゆる宗教画は1、現役の宗教であり2、「はっきりした定本としての聖典」があるため、制作された時代などによって大幅に異なった解釈に基づく描写や時代によって取り上げられたり取り上げられなくなったりしたテーマは少ない印象があります。

 

しかしながら実際には、制作された時代によってかなり異なった解釈で描かれたり、時代によって扱われたり扱われなかったりするテーマはキリスト教美術でも随分あります。

 

例えば時代によって扱われたり扱われなかったりしたテーマの一つに、神の怒りから人々を守る聖母の像「慈悲の聖母(ミゼリコルディア)」があります。これは聖母がマントを広げてあらゆる身分の人々(聖母よりも大幅に小さく描かれています。また、象徴的に裸や揃いのシンプルな衣装姿の子どもとして描かれることもあります)を守る姿ですが、中世〜ルネサンスのカトリックの人々が戦争や災害、疫病などといった災厄を(人間の堕落への)神の怒りと信じ、天使や聖人(特に聖母)はいわば弁護人として人間の改心の見込みを訴えて神の怒りを和らげ、災いから守ってくれる存在だと信じたことを背景にしています。

 

こうした「慈悲の聖母」像の中でも特色があるものとして、天上の神が聖母のそば近くに集まって祈っている地上の人々に矢を射かけ、聖母がマントを広げてその矢を人々に当たらないようにしている(聖母のマントに当たった矢が折れていることによって、彼女のマントが防具になっていることを端的にし表現したものもあります)が、この「神が人間に矢を射かける」表現はルネサンス後期〜バロック時代になるとタブー視され、それ以降はほとんど見られなくなります。その大きな理由は何でしょう?(今回の答えは1つとは限りません)

出典:https://www.mfab.hu/artworks/double-intercession-christ-and-the-virgin-interceding-for-humanity-before-god-the-father/

<ルネサンス期のドイツで活躍したクラーナハの工房による『二重の取り成し』。「人類全体の弁護士」役としてのイエスと聖母が、人間に矢を射かけないよう天上の神に訴えています>

 

 

問1 人類の改心の可能性を信じようとせず聖人に弁護されてようやく改心の見込みを認める神のイメージは、神に対する人間の不信の表れであり、且つ改悛を重んじるキリスト教にふさわしくないとされたから。

問2 人間に矢を射かける神の表現は異教的とされたから。

問3 人間に矢を射かける神の表現は暴力的であり、神に対する人間の不信を暗示して非礼とされたから。

 

 

・・・正解は、1〜3番の全てです。要するに「理不尽な怒りをぶつけたり矢を人間に射かける神の表現は、神へのご無礼だ」とされたわけですが、これらの解釈の背景には、「プロテスタント諸派の勃興への、カトリック勢力の対抗」があります。

 

そのいわゆる「対抗宗教改革」の一環として1545〜63年の間、時のローマ教皇パウルス3世は断続的に北イタリアのトリエントでカトリック信仰の方針を決める会議を開きましたが(トリエント公会議)、その中で「世俗的及び非礼な宗教画は聖堂に置いてはならない」とする決まりができ、この「理不尽な怒りをぶつけ、人間に矢を射かける神」の表現もこの「世俗的及び非礼な」描写とされたと思われます。

 

特に2番の「異教的な」ものとしての「人間に矢を射かける神」像という点は興味深く、実際古代に書かれたギリシャ神話を読んでも、最高神ゼウスが稲妻を投げて人間を射殺したり、弓の名手の兄妹(姉弟)である太陽と芸術と医療の神アポロンと月と狩猟の女神アルテミスが矢で人間を射殺する場面が結構ありますが、この「人間に飛び道具を射かける異教の神」イメージが「人間に矢を射かけるキリスト教の神」像に強い影響を与えたことは明らかです(そういえば、キリスト教の福音書・聖人伝やキリスト教時代に入って再話されたギリシャ神話とは違い、古代のギリシャ神話では余り「罪を犯した人間が改心する」描写はなく問答無用で神罰を受ける展開が大半です)。

 

なお、こうした「異教風に描かれたキリスト教の神」像がタブーとされたのとは逆に、「キリスト教風に描かれた異教の神」像=キリスト教的な再解釈によるギリシャ神話を題材とした作品(例えば以前取り上げた、異教の神ゼウスが愛人の人間の女性を連れ去る『エウロペの誘拐』が「人間の魂を天上に連れて行くキリスト教の神」の例え話として描かれた例など)はトリエント公会議以降にはより活発に描かれるようになります。この点も興味深い点です。

 

<参考文献>

視覚デザイン研究所編『鑑賞のためのキリスト教美術事典』視覚デザイン研究所、2011

ジェイムズ・ホール、高橋達史・高橋裕子・太田泰人・西野嘉章・沼辺信一・諸川春樹・浦上雅司・越川倫明訳、高階秀爾監修『西洋美術解読事典 絵画・彫刻における主題と象徴』河出書房新社、2021

オード・ゴエミンヌ、ダコスタ吉村花子訳、松村一男監修『世界一よくわかる! ギリシャ神話キャラクター事典』グラフィック社、2020

藤村シシン『古代ギリシャのリアル』実業之日本社、2015

海野泰男『授乳の聖母/セザンヌ夫人の不きげん』文藝春秋企画出版部、2018

Cranach Digital Archive

https://lucascranach.org/home

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葬儀・埋葬史及び美術史マニア
ペットセーバーベーシック・アドバンス資格所持者
せっぱつまりこ

法政大学大学院国際日本学インスティテュート修士課程修了(学術修士の学位有り)。

10代前半から美術史に、1617歳頃から葬儀・埋葬史に強い関心を持つようになるが当時は今と違いSNSやクラウドソーシングが普及しておらず、そうしたことを活かすことができないまま年月を過ごした後ウェブライターとなり、現在ではむしろクイズ原案作者を名乗る。

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