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最高神の姿のベートーヴェン像。取り入れられたアトリビュートは?

西洋美術には、現代(ここでは、その作品が作られた時代)の特定の人物をギリシャ神話の登場人物(神または人間)になぞらえた姿で描いた、いわゆる「神話的肖像」とよばれるジャンルが存在します。

 

そうした神話的肖像では、像主(モデル)が神話のどの人物の姿であるかを示すための一種の約束事があります。それは「アトリビュート(日本語では、「持物(じぶつ)」と一般的に訳されます)」とよばれる、聖書物語やギリシャ神話を題材にした美術作品を作る場合、特定の人物が描かれる場合“お約束”のように、いわばその人物の身体の一部であるかにほとんど常に(例え普通に考えると場違いに思える場面でも)一緒に描かれる(手に持っていたり、側に置かれていたり、動物なら連れていたりする)特定の物の存在です。

 

このアトリビュートは、例えば旧約聖書の最初の人間アダムとイブならリンゴ(いわゆる「禁断の果実」とされる)とか、ギリシャ神話の英雄ヘラクレスなら棍棒とライオンの毛皮とかというようにそれぞれのキャラクターによって様々ありますが、神話的肖像は、そうしたアトリビュートが像主(基本的に古代風衣装姿(場合によっては、ヌードやセミヌードも含む)です)と一緒に描かれることによって、「当代に実在の特定の個人の肖像」であると同時に「古代神話の登場人物を描いた作品」でもあるという一種の「見立て絵」なわけです。

 

 

そうした神話的肖像の一つに、いわゆる世紀末象徴主義時代に活躍した、ドイツの彫刻家であり画家でもあったマックス・クリンガーの手になる大理石像『ベートーヴェン像』(1902年完成)があります。この彫像は当時作曲家ベートーヴェンの再評価熱が高まっていたことを背景に作られ、ギリシャ神話の最高神ゼウス(『大神ゼウス君の世界神話教室シリーズ』でお馴染みの、あの彼です)になぞらえられています。一般にゼウスになぞらえられるのは国家元首であることが多い中、芸術系偉人が抜擢されたこのケースは極めて特殊です。

 

大理石像のベートーヴェンが腰にマント風の衣装をまとうセミヌード姿で玉座におごそかに腰掛けるという、ルネサンス時代以降に特に絵画に描かれた(ちなみに古代の彫像は立像がメインです)スタンダードなゼウス像の描写を踏襲したものですが、次に挙げるゼウスのアトリビュート3種のうち1つだけが採用されています。それはどれでしょうか?

 

1 神々の王であることを示す【王笏】

2 お付きの従者の【鷲】

3 武器の【稲妻】

 

 

・・・正解は2番の【鷲】です。

政治的権威を象徴する王笏(当然、これは国家元首の神話的肖像である場合には付き物です)や神性及び神の裁きを象徴する稲妻(今回は詳しい説明は割愛しますが、このベートーヴェン像は当時ヨーロッパ芸術で人気だった「自由と自立を目指すために、ある種の自己犠牲としての捨て身の努力によって世界と直接対峙する人間像」という、いわば元祖「セカイ系」ともいうべきテーマ(ギリシャ神話にしばしばみられる、人間や位の低い神が「思い上がって越権行為をした」罪で神罰を受けるストーリーをポジティブに解釈し直し、「殉教聖人」的な一種の救世主イメージで描いたものが多い)が強く投影されている(玉座の正面から見えない部分のレリーフにそうしたテーマが選ばれている)ので、「神性」や「神の裁き」を象徴する稲妻はむしろ彼らに対する断罪者であることを示すものとなってしまい、ふさわしくないはずです)を捨て、鷲のみを連れているのは矢張りこの世の覇者ではなく、まさに自己犠牲的なこの世で報われない努力によって世界と対峙した結果たどり着いた精神世界・芸術世界の覇者としての姿であるからですが、この鷲は西洋文化ではこの世の権力の象徴である一方で「(精神的な)高貴さ」や「理知」などの精神的徳の象徴ともされるため、精神世界の覇者イメージとの相性も良いとされたのでしょう。

ベートーヴェン像,1902, Max Klinger(引用元:https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%83%E3%82%AF%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%BC)

 

<参考文献>

新人物往来社編『ビジュアル選書 巨匠たちが描いた神と天使と悪魔』新人物往来社、2012

平松洋『ビジュアル選書 名画の謎を解き明かすアトリビュート・シンボル図鑑』KADOKAWA、2015

ヒルデガルト・クレッチマー、西欧文化研究会訳『美術シンボル事典』大修館書店、2013

オード・ゴエミンヌ、ダコスタ吉村花子訳、松村一男監修『世界一よくわかる! ギリシャ神話キャラクター事典』グラフィック社、2020

海野弘解説・監修『ヨーロッパの図像 神話・伝説とおとぎ話』パイ インターナショナル、2013

『ベートーヴェン像』の画像は、Barbara John 『Max Klinger:Beethoven』E.A.Seemann、2004を参照

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葬儀・埋葬史及び美術史マニア
ペットセーバーベーシック・アドバンス資格所持者
せっぱつまりこ

法政大学大学院国際日本学インスティテュート修士課程修了(学術修士の学位有り)。10代前半から美術史に、16〜17歳頃から葬儀・埋葬史に強い関心を持つようになるが当時は今と違いSNSやクラウドソーシングが普及しておらず、そうしたことを活かすことができないまま年月を過ごし、紆余曲折あってウェブライターとなる。今では葬儀・埋葬史及び美術史マニアとして世に存在を証明すること&そちらの記事を書く仕事のゲットを目指している。

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