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ダナエ像がしばしば青や赤の布に取り囲まれて描かれるわけは?

西洋美術では伝統的にギリシャ神話や聖書物語などの登場人物を美術の題材にする場合、その人物が誰であるかを示すアトリビュート(持物(じぶつ)。有名な物語などの登場人物や特定の地位にある人物を描く際、一種の“お約束”としてほとんど常に一緒に書かれる品物や動植物など)がつきものでしたが、このアトリビュートには人物の衣装(性器を隠す程度の布や、寝具なども含む)の色として表されるものもあります。

 

つまり「この色の衣装を着ていたら○○(物語に登場する特定の人物、あるいは特定の地位にある人物)」という“お約束”も伝統的な西洋美術にはあるわけですが、これに関して興味深い例があります。

 

それは、ギリシャ神話の登場人物で英雄ペルセウスの母ダナエの描かれ方についてです。神話によると彼女の父であるアルゴス王アクリシオスは「自分の息女の子息に殺される」という神託を受け、息女ダナエが子どもを儲けないよう彼女を青銅の塔(あるいは地下牢)に幽閉してしまいますが、最高神ゼウスが黄金の雨となって彼女に降り注いだことによって子息ペルセウスが誕生します(この後の長じたペルセウスによる怪物退治やエチオピア王女アンドロメダ救出、祖父アクリシオスに下った神託が結果的に実現してしまうくだりなども興味深いですが、今回は割愛します)。

実はこの「黄金の雨を受けるダナエ」像は絵画の題材になる際には、しばしば青や赤、更にはこの2色を使った衣装(とはいえ、ルネサンス以降ではここでのダナエは基本的にヌードやセミヌード姿に描かれるので下半身を被う布や下に敷く寝具やクッションなどという形ですが)姿に描かれます(画像の例はバロック初期のイタリアで活躍した女性画家アルテミジア・ジェンティレスキによるダナエ像ですが、ここでは「青」はお付きの女性の服の色に、「赤」はダナエの横たわる寝具の色に使われています)が、その大きな理由は何でしょうか?(今回は自由回答です。ヒントは「キリスト教との混淆」です)

 

・・・正解は、「新約聖書にある聖母の受胎告知の予型とされたから」です。青と赤の組み合わせ(あるいは青一色)は聖母の服の色としてのアトリビュートの一つであり、聖母の服の色としての青は「真実」、赤は「慈愛」を象徴する色とされます。

 

ところでそもそも「予型論」とは、端的にいうと「旧約聖書にある出来事が、新約聖書の中の出来事を予告し象徴している」とする考え方ですが、かなり早い時期から異教の神話であるギリシャ神話にある出来事も、新約聖書にある出来事を予告・象徴すると考えられていました。キリスト教時代に入ってからもギリシャ神話が美術の世界で市民権を得たのは、こうした背景もあります。

 

そのため「厳重に幽閉されたダナエが黄金の雨を受けてペルセウスを受胎する」くだりが「異教神話における処女受胎」として「聖母が聖霊によってイエス(キリスト)を受胎する」くだりの予型とされたわけです(そのため、このくだりはルネサンスに入る前からキリスト教文明圏でしばしば再話され、挿絵の中にはよりあからさまに受胎告知図をイメージしたものもあります)。そうしたこともあり、盛期ルネサンスに入ってダナエ像がヌードやセミヌード、あるいは肌の露出の多い衣装姿に描く作品が出てきたことはリアルタイムでの評価ではかなり大胆で画期的であるとみなされました。

『ダナエ』 (ヤン・ホッサールト)

この画像はまさにその「肌の露出の多い衣装姿のダナエ像」のはしりの一つである、オランダの盛期ルネサンス時代の画家ヤン・ホッサールトの手になるダナエ像です。

『三賢王の礼拝』(ヤン・ホッサールト)

この画像は矢張りホッサールトによる聖母子と天使像ですが、両作品のメインヒロインの青い服や背景の表現など、意識的に似せた感があります。

 

ダナエ像といえば近現代に活躍したオーストリアの画家クリムトの作品も有名ですが、クリムト作品でもダナエは青みがかった紫色の布に囲まれています。とことん官能的なイメージを追求したと定評のあるクリムト作品も、矢張りこうした伝統を受け継いでいる側面もあるわけです。

 

<参考文献>

視覚デザイン研究所編『鑑賞のためのキリスト教美術事典』視覚デザイン研究所、2011

オード・ゴエミンヌ、ダコスタ吉村花子訳、松村一男監修『世界一よくわかる! ギリシャ神話キャラクター事典』グラフィック社、2020

尾崎彰宏『レンブラントのコレクション 自己成型への挑戦』三元社、2004

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葬儀・埋葬史及び美術史マニア
ペットセーバーベーシック・アドバンス資格所持者
せっぱつまりこ

法政大学大学院国際日本学インスティテュート修士課程修了(学術修士の学位有り)。10代前半から美術史に、16〜17歳頃から葬儀・埋葬史に強い関心を持つようになるが当時は今と違いSNSやクラウドソーシングが普及しておらず、そうしたことを活かすことができないまま年月を過ごし、紆余曲折あってウェブライターとなる。今では葬儀・埋葬史及び美術史マニアとして世に存在を証明すること&そちらの記事を書く仕事のゲットを目指している。

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