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東京・奈良・京都の国立博物館。議会で炎上したデザインなのは?

明治期の日本では、近代国家化していく中で博物館や美術館、動物園や植物園、図書館などが作られ整備されていきました。それらの中でも特に大きな動きとしては、東京と、少し遅れて奈良と京都に国立博物館(当時は「帝国博物館」→少し後に「帝室博物館」といいました)が作られたことが挙げられます。

東京の上野公園には1881年に、いわゆる「お雇い外国人」の一人であったイギリス人のジョサイア・コンドルによる設計によって帝国博物館(通称「上野博物館」)が建てられ、1894年には片山東熊による設計の奈良帝国博物館が、翌年には矢張り片山による設計の京都帝国博物館が建てられます。東京帝国博物館は当時のイギリスで流行の様式だったゴシック・リヴァイヴァルにインド(当時のイギリスの植民地でした)のイスラム様式を一部取り込んだ洋風様式、奈良及び京都の帝国博物館は17世紀フランスバロック様式でした。

なお、奈良と京都の帝国博物館の建物は国立博物館になった現在も現役ですが、コンドル設計の帝国博物館の建物は1923年の関東大震災のために損壊しており、現在の東洋風デザインの建物は1937年に渡辺仁による設計によって建てられたものです。

ところで、この3つの帝国博物館ですが、実はそのうちの一つは結局設計した建築家のキャリアにとって全くと言ってよいほどダメージにはならなかったものの、デザインが理由となって議会で今風にいえば“炎上した”ことがあります。そしてこの議会でのバッシングは、その地域での公共性のある建物のデザインにも影響することになりましたが、そのバッシングを受けたのはどこでしょう?

 

1、東京帝国博物館

2、奈良帝国博物館

3、京都帝国博物館

バッシングを受けた建造物

・・・正解は、2の奈良帝国博物館です。ここの外観が県議会で批判の的にされたわけですが、その理由としては一言でいうと「洋風であるため、歴史のある建造物の多い奈良の景観をぶちこわしにする」というものでした。

新しく建てられた建造物の外観が周囲の景観とミスマッチだとみなされたことによる景観論争というべきものは既にこの時代に始まっており、しかも大真面目に県議会での議題にまでされたということは興味深いですが、この県議会による炎上騒動は最終的に「建物建築に際しては、古建築との調和を保持すべし」という決議として結実しました。奈良帝国博物館完成の翌年に建てられた奈良県庁舎や、1909年に建てられ今も現役の高級ホテルである奈良ホテルの外観が和風様式なのは、この決議を背景としています。

しかしながら一方では、先述のようにこの一大バッシングは片山の建築家としてのキャリアや名声を全くと言ってよいほど傷付けず、更にはこの外観デザインに対する当時の建築界の評価は概してとてもポジティブなものであり、その後1909年に完成することになる徹底した洋風様式の赤坂離宮の設計を片山が務めることになったのも、彼による奈良・京都の帝国博物館設計が「成功」とみなされた点によるところが多いです。奈良帝国博物館外観に対する当時の奈良県議会と日本の建築界の評価がここまで真逆であるということは、ものの見方は決して一つとは限らないということを如実に示しています。

 

<参考文献>

藤森照信『日本の近代建築(上) 幕末・明治篇』岩波新書、1993

鈴木博之、増田彰久、小澤英明、吉田茂、オフィスビル総合研究所『都市の記憶Ⅱ 日本の駅舎とクラシックホテル』白揚社、2005

吉新夕記『美術館とナショナル・アイデンティティー』玉川大学出版部、2014

藤森照信『日本の近代建築(下) 大正・昭和篇』岩波新書、1993

 

〈画像出典〉

旧帝国奈良博物館本館(重要文化財、現・なら仏像館)

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A5%88%E8%89%AF%E5%9B%BD%E7%AB%8B%E5%8D%9A%E7%89%A9%E9%A4%A8

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準デジタル・アーキビスト資格所持者
ペットセーバーベーシック・アドバンス資格所持者
せっぱつまりこ

法政大学大学院国際日本学インスティテュート修士課程修了(学術修士の学位有り)

10代前半から美術史に、1617歳頃から葬儀・埋葬史に強い関心を持ち、紆余曲折を経て現在では特定分野に特化したクイズ原案作者を名乗る。

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