よみもの|聞くトリビア(読む編)

現存する世界最古の国ってどこ?
【朗読】眠れない夜のお供の雑学【聞くトリビア】

どんどん暑くなって、夏バテ気味なこの季節。

聞くだけで元気になれるような雑学の数々を、フリーアナウンサー大橋俊夫氏の朗読とともにお楽しみください。


こちらは動画の内容の書き起こし記事です。

音声と一緒にお楽しみください。

宇宙には音は存在しない

宇宙空間で音は聞こえません。音は物体同士の衝突の衝撃が空気の伝導によって発生するため、空気が存在しない宇宙空間では音を感じることは出来ません。

映画、アニメなど宇宙を題材にした作品では必ず宇宙船が戦ったり星と星が衝突したり、宇宙列車が警笛を鳴らしたり…ドカ~ン、ガチャ~ン、ピーなど様々な音で彩られています。けれど、それはあくまでも我々人間の常識と経験の上で臨場感を出すための演出です。空気のある宇宙船の中はさておき、宇宙空間での戦いはまったくの無音という実にあっさりしたものが本来の姿なのです。

もしも、身近な宇宙で星の大爆発や衝突を目撃するチャンスがあったとしたら…その衝撃映像をライブで観ることが出来ても、おそらく無音の映像が流れるだけです。たまたま偶然、その空間に空気と同じように衝撃を伝達する物質があり、音を拾うマイクの位置まで無事に伝達出来たなら宇宙の衝撃音を聞く事が出来きます。それはどんな音だと思いますか?きっと我々地球人が聞いたことのない不思議な音、今までの常識では想像できない音かもしれません。

トイレの花子さんには家族がいる

都市伝説「トイレの花子さん」といえば、トイレに出現する少女の姿をした妖怪です。主に学校の誰もいないトイレで呼びかけると赤いスカートの少女が現れる…これは1950年頃に噂された都市伝説「三番目の花子さん」が原型のようです。幾度ものオカルトブームを生き残り、さらに噂が追加され「花子さん」のキャラクター設定は膨らんでいます。今では家族や親族の存在も囁かれています。

花子さんには両親、祖父母、姉妹がいます。皆、トイレやトイレ付近に出没します。一家は学校のトイレに居住し、個室にそれぞれの部屋があてがわれ三番目が花子さんの部屋です。また、これとは別に発生したトイレ妖怪「紫ババア」は叔母という説や親戚と思われる「花男(はなお)」や「小花子(おかこ)」、オマケに男子トイレ在住のボーイフレンド「太郎」とその弟の「次郎」も存在し、常にエピソードが充実していきます。花子さん自身、すでに結婚し子どもがいるという噂まで…。もはや、トイレ版サザエさん一家です。

トイレに幽霊や妖怪が付きものなのはトイレが不浄の場といわれるからです。排泄する場所であり下水と繋がりがあり不浄な場所の淀んだ水には邪気が入るという伝承に由来しています。

僧侶が木魚をたたくのは眠気覚まし

仏教の多くの宗派でお経を読むときに叩く木魚、元々は木に魚やシャチなどを彫って作られていたから木魚といいます。僧侶が生き物を何度も叩くなんて、肉や魚を食べられないストレスとか動物虐待ではけっしてありません。木魚の音は眠気醒ましにもなりますし、何より魚は目を閉じて眠らないため、魚のように目を閉じず日々精進しなさい、という戒めのために叩いています。

木魚は時を告げる合図として室町時代には既に使われていました。当時は「魚板」(ぎょばん)といわれる平たい魚の形で口の部分に「煩悩の玉」を咥えています。何度もお経を唱え叩くことで煩悩の珠を吐き出させているのです。これは魚も煩悩を捨て精進すれば龍にもなれると信じられていたため。修行僧にとっては木魚=自分自身、日夜精進することを意識しているというわけです。

現在の丸い鈴のような形のものが登場したのは江戸時代頃からで、今では完全に鈴のように見えますが、よく見ると魚の形や模様があったりするので、機会があればじっくり眺めてみてください。

マトリョーシカの起源は日本の匠の技

ロシアの民芸品マトリョーシカは人形の中に一回り小さい人形が入っていて、またその中にまた小さい人形、またその中にと、およそ5~6重に重なる入れ子人形でお土産として有名です。実はマトリョーシカの起源は日本の七福神の入れ子人形でした。

マトリョーシカは1900年のパリ万博に出展されて注目を浴び、ロシアの民芸品として世界に広まります。とはいえ、そもそも、それ以前から入れ子人形は日本の民芸品でした。19世紀末、神奈川県箱根町のロシア正教会にやってきた宣教師が、精巧な箱根細工の七福神の入れ子人形をお土産に本国に持ち帰ったことがマトリョーシカのヒントになりました。

マトリョーシカとはそもそも女の子につける名前で、いくつも重なる人形は女性の成長を表し子孫繁栄を意味しています。マトリョーシカの中の最後の一番小さな人形は“希望”と呼ばれ、この“希望”に願いを込め息を吹きかけると願いが叶うと言われているそうです。

マトリョーシカ第一号は今もロシアのセルギエフ・ポサード博物館に展示され、その横に「日本に教わった」と解説が添えられた箱根の七福神の入れ子人形も並んでいるそうです。

江戸時代の武士はキュウリが食べられない

江戸時代の武士はキュウリを輪切りにした状態では食べませんでした。ましてや、刀の切れ味を試したり家族がキュウリを切ることはもっての外、食卓に上がる事もありません。その理由は、キュウリの切口です。徳川家の家紋「三つ葉葵」にソックリだったからです。

徳川家の紋を切るなんて徳川家への冒涜、とても恐れ多いことです。江戸時代の武士はとても律儀、頑なにキュウリを尊重し、キュウリを切ったり食べたりしたら謀反の罪です。とはいえ、当時のキュウリは今のものよりずっと苦みが強かったため毒があるとも噂されていて、そもそも食べようとは思わなかったようです。

ところが、元禄時代、江戸に「初物ブーム」が到来。旬の食材は長生きできると、初物は多少高くても人気がありました。ブームはどんどんエスカレートし初物の値段高騰で世の中は大混乱、幕府は初物の出荷制限を試みます。武士にとってはキュウリは問題外なので制限の対象に入れませんでした。

ところが、それまであまり見向きもされなかったキュウリは早く育ちたくさん収穫できる珍しい野菜として、農家にも消費者にも人気急上昇。庶民はキュウリの切り口に関心はありません。そのおかげでキュウリは夏の定番野菜となって行きました。

卵を食べるとバチが当たった時代がある

今では世界中の食卓で卵料理は愛されています。日本でもたまごかけご飯、卵焼き、茶わん蒸しなど多くの人が食しています。けれど、平安時代には「卵を食べるとバチが当たる」と信じられ、卵は食べ物ではありませんでした。

飛鳥時代、天武天皇が仏教思想の観点から動物の殺生を禁じる「肉食禁止令」を発布しました。毎年4月~9月までの期間限定ではありましたが食用動物の狩猟も禁止され、卵も動物と考えられ食べることはなくなりました。その名残で平安時代でも卵は食べ物とは扱われず「卵を食べるとバチが当たると」という迷信まで生まれ、当時に書かれた説話集にも卵を食べて地獄に落ちた青年の物語が収められています。

この風潮が打ち消され、卵安全説を実証したのは南蛮人です。室町時代になり貿易が始まり、南蛮人が卵や卵を使った料理を美味しそうに食べる姿を見て「卵旨そう…」と恐る恐る食べてみたら、何て美味しいのでしょう!バチも当たりません。こうしてバチの呪縛から解かれた卵は、江戸時代にはまだまだ高級品ではありましたが人々に好まれ、今では冷蔵庫の必需品となっています。

パンの留め具の正式名称は「バッグクロージャー」

スーパーやコンビニで売られているパンの袋のプラスティック留め具の正式な名前は「バッグクロージャー」と言います。多くの人がパンの袋の「留め具」と呼んでいますが、実は日本でバッククロージャ―を製造しているのは埼玉県川口市にある「クイック・ロック・ジャパン」ただ1社だけです。

この留め具は1952年、アメリカのカリフォルニアで生まれました。包装機械の会社を経営したフロイド・パクストンはリンゴ農家からリンゴを袋詰めした際に簡単に閉じられる留め具の開発を依頼されます。色々と試行錯誤の末、プラスティックの破片にナイフに切り目を入れバッグクロージャーの原型が閃きました。これを改良、製品化しヒット商品となり世界に広がります。1983年に日本の企業と契約し日本でも立体商標に登録されています。

よく見るとバッグクロージャーの切り込みと切り抜かれた形がリンゴの形に似ています。元々がリンゴの袋を閉じるために考えられたという面影も感じられます。今ではパンを食べきった後、コードやコンセントをまとめる留め具や目印として、湯をそそいだカップ麺の蓋の押さえ、透明なテープなどの切り口の目印など再利用も出来ると話題です。

『ひょっこりひょうたん島』は死後の世界の物語

1964年~69年にNHKで放送された『ひょっこりひょうたん島』は、子ども向けに制作された大人気人形劇でした。ひょうたん島での子ども達の冒険物語で60代以上の方なら当時釘付けだった方も多いはずです。根強い人気があったため1990年にはリメイクされました。実はこのひょうたん島の子どもたちは既に死んでいて死後の世界の物語だったようです。

ひょうたん島に遠足に行ったサンデー先生と子どもたちは、突然起こった噴火に巻き込まれ、風変わりな人々と共に漂流を始めたひょうたん島で旅をする笑いあり涙ありの冒険譚です。しかし、劇中では「四国霊場」など死後の世界を思わせるストーリーも数々登場している事から、実は噴火の時、先生も子どもたちも死んで死後の世界を冒険していると囁かれていました。

死後の世界説はかなり有力でしたが、あくまでもNHKが人形劇を制作するにあたり設定した彼らは死んではいません。ところが後に原作者の井上ひさし氏が講演会で「死後の世界を描いた」と公言したことで、死後の世界の物語だったことが判明します。とはいえ、原作はあの世旅行記だったとしても、人形劇としては親と離れ冒険を通し成長する子どもたちの夢と希望の物語です。

鮭が生まれた川に戻れる秘密は嗅覚にある

鮭が長旅を終え生まれた川に戻ることを「母川回帰」と言います。鮭は生まれた川に帰り子孫を遺し一生を終えます。そのサイクルは平均4年ほどです。しかし、4年も大海原に出てどうして自分の生まれた川に戻って来られるか明確な理由がいまだつかめていません。とはいえ、数々の研究からおそらく鮭は生まれた川のニオイを覚えているからと言われています。

卵から孵化した鮭の稚魚は雪解け水に乗って海へ出発!まずは北を目指し夏から秋までオホーツク海で過ごし大西洋で越冬し、その後はベーリング海、アラスカ湾などを移動しながら成長します。そして、成魚となった4年後の秋、最後の大仕事となる産卵のため生まれた川を目指します。

この鮭の「母川回帰」は今まで様々な研究がされてきました。目隠しをした鮭は生まれた川に戻っても鼻を塞がれた鮭は戻れなくなったという実験結果もあるため、鮭の嗅覚に大きなポイントがあるのは間違いなさそうです。ただ、それだけでほぼすべての鮭が戻れるとは限りません。他にも鮭の生態に何か秘密があるはずです。鮭にはまだ人間の持っていない力が隠されています。

『鳥獣戯画』はマンガやアニメの原点

今や日本の文化となった漫画の原点は平安時代末期~鎌倉時代に描かれた『鳥獣戯画』、正式名称『鳥獣人物戯画』にあります。この全長44mを超える長い絵巻物には擬人化した兎や蛙、猿などが織りなすコミカルで動きのある様子が描かれ、眺めるだけでも十分ストーリーが楽しめます。

全4巻は京都の高山寺に長きにわたり保存されていた作品です。平安時代末期~鎌倉時代と長期間かけて制作されているため、複数の絵師によって描かれたことはわかっているものの、どのような人物が何のために描いたのか詳しくはわかっていません。作者の一人は戯画の名手だった鳥羽僧正覚猷(とばそうじょうかくゆう)ではないかと言われています。もちろん、コマ割りや吹き出しのセリフはありませんが、キャラクターは生き生きと今にも動きそうに描かれているので、漫画だけでなくアニメの原点とも言えます。

『鳥獣戯画』甲・乙・丙・丁の全4巻は現在は東京国立博物館に甲と丙、京都国立博物館に乙と丁があり定期的に公開されています。また京都の高山寺にはレプリカ展示され、こちらはいつでも鑑賞できるそうです。

世界最古の国家は日本

世界最古の国家といったらどの国を思い浮かべますか?学校の教科書で習う四大文明といえばメソポタミア、エジプト、インダス、黄河です。その頃、日本といえば、縄文時代でまだ国家などはありません。しかし、現存する世界中の国家で最も長い歴史を持つのは日本です。

現在、四大文明が発祥した地には今も国家がありますが、侵略や分裂など何度か途絶えては復興し、新たな国が出来たりと同じ国家が存続していたわけではありません。日本はこれらの国より国家の誕生は遅くても1つの国家が継続し現在に至っています。

日本においては初代・神武天皇が即位した西暦紀元前660年が皇紀元年とされ、ここから日本の歴史が始まりました。朝鮮の歴史書・新羅本紀にも「紀元670年に倭が日本と国号を改めた」と記されています。微妙な誤差はありますが、神武天皇の時代から現在に至るまで、一度も侵略されたり滅亡も分裂することもなく日本国は継続しています。そのためギネスにも“世界最古の国”として認められました。

笹と竹の微妙な違い

笹と竹って何か違うのでしょうか?枝と葉だけの状態なら通常どちらも笹と呼ばれています。一般的に大きく伸びるのが竹、子どもの背丈くらいの低いものが笹です。パンダの好物が竹で、笹の葉寿しや料理の飾りによく使用されるのが笹です。これでほぼ間違ってはいませんが、植物学的にはきちんとした違いがあります。

竹も笹もどちらもイネ科タケ亜科に属する植物です。竹と笹を見分けるには、成長すると稈鞘(かんさや)といわれる、俗に言うタケノコの皮がはがれ落ち、茎がツルツルし太くなり、その葉脈が格子状になっているのが「竹」、稈鞘(かんさや)が残って茎を守るように成長し、葉脈は平行に伸びているのが「笹」です。枝にも特徴があります。竹は茎の節目から枝が2本しか生えませんが、笹は5本前後あります。

また、例外もありますが竹は北海道など寒冷地では生えず、海外でも見られます。反対に笹は日本のどこででも生えており、多くが日本の固有種です。ちなみに英語で竹は「バンブー」ですが、笹は「バンブーグラス」のほか、「sasa」でも通じる場合があります。

七夕を「七」に「夕」と書く理由

漢数字の七に夕方の夕と書いて七夕と読みますが、七夕は日本古来の風習で神棚の棚に機織りの機(はた)と書いて「たなばた」と言いました。機織りに関わる儀式で旧暦7月7日の夕方に川辺で行われていたため、次第に七に夕と書き「七夕」に変化しました。

現在の七夕のは日本と中国の風習が融合したものです。日本の古い風習では毎年選ばれる若く清らかな少女が清らかな川の機屋(はたや)に籠り衣を織り神様に奉納することで穢れを払い五穀豊穣を願う「棚機津女(たなばたつめ)」と言われる儀式です。

一方、中国から奈良時代に伝わった「乞巧奠(きこうでん)」は機織りや裁縫の上達を天の織姫星に願う風習です。この2つが平安時代に融合して現代まで続く「七夕」になりました。

北極星には任期がある

我々が今、北極星と呼ぶ星ははこぐま座のα(アルファ)星ポラリスです。2等星と若干暗いのですが、その昔羅針盤を使用し航海をしていた船人も、夜、森で迷った旅人も北極星を頼りに進むべき方角を確認していました。ところが北極星には任期があります。遠い未来、こぐま座のポラリスは北極星を辞任し他の星が北極星に就任しているはずです。

北極にある地球の自転軸の先に輝き地平に沈まず昼でも夜でもそこにあり続ける北極星ですが、地球の自転軸は少しずつ動いているため自転軸の先にある星は長い年月と共に変わっていきます。今も北極星であるポラリスは自転軸ピッタリではなく少しズレています。このまま少しずつズレが生じ、いつか他の星が北極星になるというわけです。

今から5000万年程前、ちょうどエジプト文明でピラミッドが作られ始めた頃はりゅう座のα星ツバーンが北極星でした。この先、ケフェウス座のγ(ガンマ)星、はくちょう座α星デネブ、こと座α星ベガなど他の星々が北極星となり、再びポラリスが北極星に就任するのは西暦2万6000年頃の予定です。

トラツグミは鳴き声のせいで妖怪にされた

妖怪・鵺(ぬえ)といえば、顔は猿、胴体は狸、手足は虎、尻尾は蛇という恐ろしく奇妙な妖怪です。この妖怪・鵺のモデルはトラツグミ。別名は「ぬえ鳥」といいます。鳩より一回り小さく体長は30cmほどで、頭部から翼など身体は黄褐色、黒い斑点があり目がクリっとした愛らしい鳥です。「ピーポー」、「ヒョーヒョー」など口笛を思わせる鳴き声を出します。しかし、この鳴き声のせいでトラツグミは鵺のモデルとなってしまいました。

トラツグミの鳴き声は涼しげ、儚げ、寂しそうといった印象ですが、日中だけでなく夜、森の中でも鳴いています。夜中にか細い声で鳴けば、それは不気味に思われても仕方ありません。人々の間で気味悪がられているうちに、鳥のさえずりのように鳴くが実は怖ろしい妖怪「鵺」だとなってしまいました。

鵺は古くは『古事記』や『万葉集』にも登場し、『平家物語』では「不思議な声で鳴く得体の知れないもの」とされています。現代でも小説や漫画、アニメなどでも得体のしれないモノを鵺をモデルにしてることが多いようです。実際のトラツグミはおっとりしていて、よく窓ガラスに突進するなどドジな一面もあり、野鳥ファンには美しい鳴き声と可愛い姿で人気があります。

富士山の山頂はどこの県でもない

静岡県と山梨県にまたがる富士山は、標高3776m日本で一番高い山です。その富士山にかかっている県境は具体的にはどうなっているのでしょう?富士山の山頂は実はどこの県にも属していません。

富士山の7合目まではしっかり県境があります。ところが、地図を見ても山頂付近に県境を示すラインはありません。8合目から山頂はどこの県にも属してない上に、国有地でもなく私有地です。山頂を所有しているのは富士山本宮浅間(ほんぐう せんげん)大社で、山頂はその境内で山頂には奥宮(おくみや)があります。

山頂の所有権は今まで何度か協議されてきました。2014年、富士山の世界文化遺産への登録をきっかけに再び知事同士が協議しましたが結局決まらず、今も何県にも属さない富士山本宮浅間大社の私有地となっています。ただ、富士山の山頂の浅間大社奥宮には郵便局があります。ここの住所は静岡県富士宮市となっています。どの県に属さない山頂とはいえ、そこににある郵便局だけは静岡県です。

トルコで採れるトルコ石はない

ターコイズブルーという色名で知られる鉱石ターコイズは、日本ではトルコ石と呼ばれ12月の誕生石としてもよく知られています。ターコイズという名前の由来も「トルコの石」ですが原産地は主にアメリカ南部やイランです。トルコ石は昔も今もトルコの国では採掘されてはいません。

この鉱石がトルコ石と呼ばれた理由はその昔、トルコの商人がこの青く美しい宝石をヨーロッパに持ち込んだからです。本当はトルコの石ではなくトルコ人が持ってきた石です。トルコの商人はおそらくペルシャ、現在のイランやエジプトで採掘されたものを持ちこんだのでしょう。今ではだんだん採掘量も減り、トルコ石が採掘出来るのはほかにアメリカの南部アリゾナやネバダ、ニューメキシコです。我々が目にするトルコ石はほぼアメリカ産です。

アメリカの先住民族はトルコ石を「スカイストーン」と呼び、その色合いに空と水の神が宿ると信じられ、聖なる石として祭事にも多く使われていました。特に危険から身を守るとされ、王族やシャーマンだけでなく旅人や戦士たちも身に着けていたそうです。

海外では何のことやら、トレーナーは和製英語

気軽に着れて動きやすい服トレーナーは70年代から80年代にかけ若者に支持され大流行しました。今では普段着的に着用され、室内着やパジャマ代わりとしても活躍しています。この「トレーナー」は和製英語で、英語では“sweatshirt(スエットシャツ)”といいます。

今では日本でも「スウェット」と呼ぶことが多いのですが、トレーナーは元々はスポーツウエアでスポーツ選手の練習着です。強くて上部で頭からスポっとかぶって手軽に着られるため、カジュアルウエアとして一般に広がっていきました。

スエットシャツをトレーナーと名付けたのは1960年代に活躍したファッションプロデューサー石津謙介(いしづ けんすけ)氏、アイビーファッションを流行させたファッションブランド「VAN」の創業者です。彼がボクシングを観戦していてとき、コーチが着ていた上下のスエット見てその名を思いついたといいます。

欧米で「トレーナー」といえば、選手を指導するコーチのことです。海外では服としてはトレーナーでは通じませんのでご注意下さい。

アンデスメロンは日本産

アンデスメロンは日本のメロンです。南米ともアンデス山脈ともまったく関係がありません。野菜や植物の種の製造販売や開発を手掛ける種の老舗ブランド、現在のサカタのタネが70年代末に発表した日本のメロン、それがアンデスメロンです。

当時、メロンの栽培は難しく気候に左右され病気にもなりがち、甘い香りで虫もつきやすく生産量も限られており、値段も高くなかなか手にはいり辛い夢のご馳走でした。そこで当時の坂田種苗(しゅびょう)、現在のサカタのタネが開発に着手、1977年に数種のメロンを交配させ新たなメロン、アンデスメロンの開発に成功しました。病気に強く栽培しやすい上、たくさん収穫が見込めます。しかもプリンスメロンより早くから作れ早く収穫できます。お手頃価格で甘く美味しいメロンが食べられると、あっという間に大衆メロンの王者となります。

ところで、一番気になるのは名前の由来です。アンデスとはこのメロンの特徴からきています。農家は作って安心、販売店は売って安心、消費者は買って安心の「安心ですメロン」、それを略して「アンデスメロン」となりました。果肉はもともと黄緑色ですが、改良を重ね今ではオレンジ色の品種も登場しています。

琵琶湖は日本海につきぬけるかもしれない

滋賀県にある琵琶湖は日本最大の面積と貯水量を誇る湖です。実は琵琶湖は動いています。しかも100万~300万年後には日本海に到達する可能性があります。湖が動くとは信じられませんが、そもそも琵琶湖は今の位置に動いてやってきたといいます。

琵琶湖はおよそ400万年前、現在の三重県伊賀市付近に出来た小さな湖が元となり地形の変動により地盤沈下や土砂の埋没など様々な自然条件の影響で今の位置に進み、40万年間居座り続け大きな湖となりました。そしてまた、日本列島の地下のプレートの影響で200万年以上かけてジワジワと動き、現在も少しずつ北へ北へと移動し日本海に近づいています。今、琵琶湖のあるところには昔、高い山が存在していたと言われていますので琵琶湖が滋賀県から去った後、別の何かができるのかもしれません。

そもそも地球の大陸は少しずつ動きながら今の姿になったので、琵琶湖が動いたところで何の不思議はありません。地球の歴史から見ればほんのわずかな時間の小さな出来事なのでしょう。100万年後、琵琶湖を含む日本の地形が果たしてどうなっているのか、自分の目では確認することは出来ないことが少し残念です。

カモノハシは卵を産むけど哺乳類

人間をはじめ哺乳類は母親の胎内で育ち、子として誕生し、ある程度大きくなるまで母親の乳で育つ動物です。ところが、カモノハシは哺乳類でありながら卵を産み、産まれた子どもに乳を与えて育てます。18世紀、オーストラリアに棲息するカモノハシを見た当時の西洋の研究者たちは度肝を抜かれます。それまで、卵を産む哺乳類など考えられなかった上に鳥類と哺乳類と爬虫類の特徴を持つこの生物は、まるで幻想的な存在でした。

カモノハシは体毛に覆われクチバシに尻尾、手足が短く爪と水かきがあり、鳥とビーバーが合体したような姿です。この生き物はいったい何か?長く論議された結果、カモノハシは”哺乳類”と断定されました。その決め手は哺乳類だけが持つ乳腺が発見されたことです。カモノハシには乳房や乳首はありません。母親は乳腺が通る皮膚から出た母乳を体毛に含ませ、その体毛から子どもは母乳を摂取します。

今のところ卵を産む哺乳類はカモノハシとハリモグラのグループのみ。とはいえ、人間が確認出来ている地球上の生物はまだ氷山の一角です。まだどこかに今までの常識を覆す生物が存在する可能性は大いにありえます。

大根役者の由来は大根が白いから

演技があまり上手でない役者を大根役者といいます。これは大根の色が白いからです。日本人に馴染み深い大根を白いものの代名詞として使っていた時代もありました。仕事に慣れていない人を素人、プロを玄人といいますが、ヘタクソな役者を白と素人をかけて「大根役者」と呼んだのが由来です。

理由は他にもあります。お芝居などで演技が上手でない役者ほどおしろいを塗りたくり顔が真っ白になります。それは存在感のアピールやせめて見た目で笑わせようという意思表示だったり、顔が赤くならないようなカモフラージュであったのかもしれません。大根みたいに真っ白な役者だから「大根役者」と言われたもといいます。

また、大根は使い勝手が良く日持ちもするため様々な調理法があります。余程でない限りどんな調理法でも何とか食べられ、当たってお腹を壊すことはありません。そのため、下手でも何とかなる役者、当たらない役者という意味で「大根役者」と表現したという説もあります。

ずいずいずっころばしに隠された意味

唱歌「ずいずいずっころばし」は詞の意味がサッパリわかりません。この解釈は諸説ありますが、江戸時代、徳川家にお茶を献上する「お茶壺道中」が過ぎ去るのを待つ子ども目線の歌だと言われます。支離滅裂に並んだ言葉にそのヒントが隠されています。

お茶壺道中とは京都から新茶の詰まった茶壷を江戸へ運ぶ行列です。庶民は道にひれ伏して行列が過ぎ去るのを待ちます。誤って行列を妨げようものなら子どもでも容赦なく厳しい罰が下りるので大人はお茶壺道中を見ると「誰が呼んでも出てはいけない」と子どもを家の中に入れました。

謎の言葉、ずいずいの「ずい」とは里芋のツルを干した保存食で味噌をつけて食べるもの。ドッピンシャンは扉を閉めることで、ドンドコショはホッと一息という意味です。「胡麻味噌を作っていたら、お茶壺道中が来たので扉をピシャリと閉め、家の中で息を潜めじっとしていると通り過ぎたようだ、もう大丈夫。鼠が俵の米を食べて鳴いたけど、行列が過ぎるまでは騒いではいけない。親に呼ばれても絶対に外に出てはならないと言われているから。緊張で喉がかわいた子ども達が井戸に集まり騒いでいると誰かが茶碗を割ってしまった」というような解釈です。

徳川家康は入れ歯だった

徳川家康は入れ歯だった、それは歴史書にも残されているので歴史に詳しい方ならご存知でしょう。家康も最初は部分入れ歯、晩年は総入れ歯だったと言われています。当時、入れ歯は相当高額だったはず。天下の徳川将軍だったからこそ入れ歯も作ることが出来たのでしょう。

健康オタクだったという家康が口内ケアに興味がなかったとは思えません。歯ブラシこそありませんが大きな爪楊枝のようなもので歯の掃除はしていたと思われます。家康が歯を失ったのは戦で歯を折ったり、ストレスがもとで虫歯や歯周病が悪化したのかもしれません。家康の入れ歯は木蝋(もくろう)で型を取り、抗菌作用もある硬いツゲの木で土台を作り、この土台に金属の杭を打ちつけ、奥歯には抜けた自分の歯もしくは他人の歯を絹糸でくくりつけていたとか。当時は歯科技工士はいませんから入れ歯は仏像を彫る仏師(ぶっし)が制作したようです。

天下の徳川家康も寄る歳と歯周病には勝てなかったのです。特に若い頃からストレスが多かったという家康は大切な歯がどんどん抜ける辛い悩みを抱え、心の中で「どうする?家康…」と自分に語り掛けていたかもしれません。

大名行列は人目のないところでは走っていた

2014年に公開された映画『超高速!参勤交代』はベテラン俳優たちが面白可笑しく江戸の参勤交代を描いた大ヒットコメディ映画で2016年には続編も公開になりました。この映画はフィクションではありますが、参勤交代の実情としてはかなりガチです。

参勤交代は多くの家臣や兵士、世話係を伴い荷物を背負って江戸に向かうためお金に余裕などありません。領地が遠ければ遠いほど時間もお金もかかるので、とにかく急ぐに越した事はありませんでした。

「下にぃ~下に」のフレーズで御馴染みの大名行列は城下町や宿場町など一部だけのパフォーマンス。一度街道へ出れば隊列を崩し早足は当たり前、殿自身も自らの足で走る事さえありました。1日平均35~40km、日が経つにつれペースダウンも予想されるので最初からペース配分は重要です。集団より個別の方が効率が良いと「次の目的地に明日何時に集合!」と少人数のグループに分かれ移動することもあったとか。

災害などで到着が遅れる場合は幕府に遣いを送り連絡すればお咎めはなかったと言いますが、足止めを食えばその分の経費が膨らみます。藩主は大名になったはいいけれど参勤交代の資金繰りに頭を悩ます日々が待ち構えていました。

飲んだ後にラーメンが食べたくなるのにも理由がある

カロリーは気になるものの、一杯飲んだ後のラーメンというのは魅力的で、なかなか止められません。

自制心が酔って弱くなっているというのもあるかもしれませんが、これにも無意識的にはたらいてしまう原因があります。それはうまみ成分の一種イノシン酸。特にとんこつスープに含まれている成分なのですが、これにはアルコールを中和する効果があります。お酒を飲めば大量のアルコールが血中に溶け込むため、自然とそれを和らげるためのイノシン酸を欲するというわけです。そのため、特別ラーメンが好物というわけではない人でも、いつも以上にのれんに引き寄せられるわけです。

悪酔い対策としては効果のほどは十分といえますが、先にあるようなカロリー過多が気になる場合は少し我慢したほうがいいかもしれません。

ラムネとサイダー、中身は同じ

ラムネもサイダーも中身は同じです。瓶に入っていたらサイダー、ビー玉の入った瓶に入っていたらラムネ。両方とも炭酸の入った甘味飲料です。

ただし、現在では同じですが、厳密にいえば昔は違いがありました。ラムネやサイダーが巷で売られるようになったのは明治時代。当初はレモン風味がラムネ、リンゴ風味がサイダーと認識されていました。ラムネはアメリカのレモネードが、レモネ、ラモネ、ラムネと変化していった名前。サイダーはフランスのシードルの名前が同様に変化して定着したものでした。

ところが、サイダーからレモン風味をはじめ様々なフレーバーが登場。ラムネだけがレモンフレーバーとは限らなくなり、以前のように風味で区別することが出来なくなってしまいました。今では2つを区別するの唯一の方法は容器の形状だけ。昔ながらのビー玉の入った瓶に入っているのがラムネ、それ以外はサイダーです。

さらにはサイダーは容器も缶やペットボトルと多様化し、最近ではラムネも形状は同じでもガラス瓶ではなくペットボトルでも販売されるようにもなっています。

もんじゃ焼きはお好み焼きの先輩

もんじゃ焼きVSおこのみ焼き。大阪の方はお好み焼きに特に深い思い入れがあるため、お好み焼きを真似てもんじゃ焼きが出来たと思われがちですが、先に発祥したのはもんじゃ焼きです。もんじゃの原型となるものは安土桃山時代にすでに存在していました。

「粉もの」と言われる粉を水で溶いて焼く料理の元祖は、千利休が茶菓子に出した「麩の焼き」だと言われます。これは麦粉を水で溶かし薄く焼き、クレープのように中に味噌などの具を入れ巻いたものだったようです。これをヒントに江戸時代末期、小麦粉を出汁で溶き、字を書くように焼いた「文字焼き(もんじやき)」が生まれました。これが江戸の庶民に人気となり色々な具材を加え「もんじ」が「もんじゃ」に変化し広まります。

一方お好み焼きの元祖は大正時代の「一銭洋食」で、小麦粉を水で溶き鉄板の上に広げネギなどわずかな具をのせてソースなどで味付けした料理です。戦後、これにキャベツなど安い食材でかさ増しして食事となり、昭和になる頃には好みで具を加えて、それぞれの家庭の味となっていきます。

ヘソクリのヘソとはお臍ではない

日頃人には見せない体の中心にあるお臍にコッソリ貯めたお金を隠すから“ヘソクリ”ではありません。実はヘソクリのヘソはお臍のヘソではありません。ヘソとは麻糸を紡ぎ環状にグルグル巻きつけた糸巻きのこと。漢字では「綜麻」と書きます。これがヘソクリのヘソです。別名「苧環(おだまき)」ともいいます。

昔糸巻は主に女性の仕事です。糸を巻きながら綜麻の中心の小さな穴に小さなお金をコツコツ隠し家計のため、自分のために使ったことからヘソクリと言われるようになりました。

また別の説ではで繁華街や旅に出る際、お金や貴重品は盗まれたり無くしたりしないよう、身体に巻きつけ腹巻などの下に隠していたから。糸巻の綜麻とおなかの臍が融合したものとも言われています。

人に知られないよう密かに隠したお金や貴重品。自分だけが知っている糸巻の綜麻の中とは当時の人も考えたものです。ただし、綜麻はいくつもあったでしょう。どれに隠したか忘れないようにしなければなりません。ヘソクリ入りの綜麻を人に譲ったら一大事です。

「パンプキン」イコール「カボチャ」というわけではない

カボチャを英語でいうとパンプキンと大抵の方は即答するでしょうが、実はそうともいいきれません。

カボチャは大きく分けると3つに分類されます。西洋カボチャ、日本カボチャ、ペポカボチャです。英語で西洋カボチャは「ウインター・スクワッシュ」、日本カボチャは「トロピカル・スクワッシュ」など、ペポカボチャは「サマー・スクワッシュ」と呼ばれ、そのペポカボチャのうち、熟したオレンジ色の果皮のもののみがアメリカでは「パンプキン」と呼ばれます。なので、総称するとスクワッシュのほうが正解です。

そのため、日本で食べられているのは「トロピカル・スクワッシュ」ということになります。パンプキンはハロウィンの時期に見られるアレです。日本ではあまり食用のイメージはありませんが、アメリカではペースト状に加工したものをスープなどに使うのが一般的のようです。とても繊維質が多く処理が面倒なためです。

ちなみに、英単語で「パンプキン」の意味は様々で、「ずうたいの大きい人、抜けている人」などと使われることもあるようです。

飼い猫はメスのほうが雑

ネコも元々は野生動物。なかなか人に気を許さないところがある一方で、飼い猫として最初から過ごしていると、あまりにも無防備な姿をみせることもしばしばあります。

これには周囲の環境に安心感がある、飼い主が絶対に攻撃してこないという信頼があるためだそうです。なので、雑な行動を見せている場合は、それらが満たされているという、ある意味信頼関係の成立といえるかもしれません。

飼い猫の中でも油断ぶりや行動の雑さが目立つのはメスだといいます。オスは縄張り意識が強く、それでも神経をとがらせているところがある一方で、メスの重要な仕事は子育て。一度安心と思ってしまえばそれを信じて行動がゆるくなってくる傾向にあるようです。なので、白目をむいて舌をだしたまま油断丸出しで寝ている姿などは、メスのほうに見られることが多いようです。

また、種類によっても違いがあるようです。洋猫の長毛種、たとえば、ノルウェージャンフォレストキャットなどは短毛種にくらべてのんびりしているなどといわれます。その動きがどこかおっとり、雑という風にとられることもあるようです。

ヒマワリが太陽のほうを向くのはつぼみのときだけ

夏の花の代名詞ともいえるヒマワリ。英語ではサンフラワー、フランス語ではソレイユと、太陽の名を冠することでもよく知られます。そのような名前もあるためか、「太陽の方を向いて咲く」という風に思われがちです。確かにそのような動きをするのですが、それはつぼみの時期のみ、実際に咲いてからは太陽を追いかけるわけではありません。

成長期のヒマワリは確かに朝は東を向き、夕方に西を向く姿を見せてくれるのですが、それはつぼみがある程度大きくなるまで。成長すると日を浴びる必要がなくなるからだそう。また、太陽がうまくあたらない場合は、そもそもつぼみでも動きを見せないこともあります。

花の色といえば黄色が一般的ですが、実はパープルやホワイトといった複数の種類があります。乾燥にも強くやせた土地でも育つため、育成難易度は高くありません。夏の彩りが欲しい方は植えてみてはいかがでしょうか。

カジノには窓がない

ラスベガスが有名ですが、海外旅行の際にカジノを楽しんだ方もいると思われます。日本ではまだ成立しておらず、海外ならではの娯楽としてさほど興味がない方でも足を運んだケースはあるかもしれません。

そのカジノですが、実に色々な工夫を凝らしています。まず、建物には普通あるはずの窓がありません。これは外が暗くなってくると帰る時間を気にしてしまい、ゲームに熱中できなくなるためです。同様の理由で時計も設置されていません。

他にも、通路が入り組んだ構造になっているのは様々なゲームを視界に入れて興味を持ってもらうため。チップにわざわざ換算するのは現金をかけるハードルを下げるため。ホテルが近隣にあったり宿泊費を無料で提供してもらえるのは、帰りの時間や交通手段を気にしないで楽しめるようにするためなど、実に色々な工夫から成り立っています。

海外で気が大きくなって、ハマり過ぎることがないように注意はしましょう。

日本最大の砂丘は鳥取砂丘ではない

砂丘といえば日本人ならほぼ100%鳥取砂丘を思い浮かべるはずです。実際に観光で赴いた人も少なくないことでしょう。

相当に広大な砂地であるがゆえ、「日本最大の砂丘」と思っている方が大半でしょうが、実はそれは間違い。実際、鳥取県のホームページもよく見てみると「日本最大級の砂丘」と紹介されているので、決して日本一というわけではないですし、それをセールスポイントにもしていません。

では、日本一はどこなのか。鳥取砂丘の面積がおよそ545ヘクタールに対し、その3倍ほどとなる1500ヘクタールほどの広さを持つ砂丘は猿ヶ森砂丘です。青森県東通村(ひがしどおりむら)の太平洋沿岸に広がるのですが、ここには一般人が立ち入ることは不可能です。なぜならこの地は防衛省の弾道試験場となっているためです。もし、解禁されていたとしても、砲弾が飛び交う地域に入るのは命の危険があります。

そんなわけで「観光可能な砂丘」としては鳥取砂丘が日本一といえるでしょう。

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