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香具山は男?女?

普通に考えると意味分からないですよね。『万葉集』に次のような歌が収められています。

 

香具山は畝傍ををしと耳成と相あらそひき

神代よりかくにあるらし 古昔も 然にあれこそ うつせみも 嬬をあらそふらしき

 

香具山・畝傍山・耳成山は「大和三山」と呼ばれ、特に関西圏の方にとってはなじみがある地名かと思います。

 

この歌は山を男神・女神に見立てて、神々の三角関係を詠んだものだとされています。

しかし、どの山を男神・どの山を女神で解釈するのか今でも説が分かれています。(男女)2の(山)3乗=8通りの解釈があり、男と女の割合もわかりません。先に種明かしをしてしまうと「わからない」が答えです。

これを解決できれば万葉集研究史に名を残せます。我こそは、という方はぜひ挑戦していただければと思いますが、私の能力のキャパは超えていますので、挑戦者のためにどういう問題点があるかご紹介します。

 

大きく分けて今通説となっているのは3つです。

 

1:香具山(女)畝傍山(男)耳成山(女)

この説が有力となっている最大の根拠は、万葉集に「畝傍雄男志」と書かれていることです。以前の記事でも書いたように、万葉仮名は音をあらわす漢字の羅列で書かれています。基本的に音と意味とは切り離されて考えられていましたが、幾つかの中から選ぶ際に、意味を意識できるものがあればそうしていたようなのです。

ここでは「雄男志」と書いてあるため「畝傍は男らしい」という解釈をするべきではないか、ということです。この解釈だと「女神の香久山は、男神の畝傍を男らしい!と思って、女神の耳成山と争った」となります。

また、香具山は「高山」、畝傍山は「雲根火」と表記され、それぞれ高い山・雲が生じやすい山という特徴をとらえた当て字です。よって「ををし」も男らしいという意味と関係があるはずだと考えます。

しかし、これには一つ問題点があります。それは、古来から三角関係を扱ったものは男:女=2:1がほとんどである、ということです。この問題点をなんとか解決しようとしたのが次の二つ。

 

2:香具山(女)畝傍山(男)耳成山(男)

ををしの解釈はⅠのままで、「女神の香具山は、男山の畝傍山を男らしい!と思ったことにより、男神で香具山の元恋人の耳成山と畝傍山が争うことになってしまった」。男:女=2:1という点はクリアできています。

しかし新たな問題が。「嬬(つま)」という言葉は男性配偶者(夫)や女性配偶者(妻)、どちらの意味でも使ったためそれは問題ないのですが、新しく好きになった人と元恋人は、時間差があるのに配偶者を争うことができるのか?という点です。

 

3:香具山(男)畝傍山(女)耳成山(男)

これは、上記二つが「ををし」を「男らしい」と解釈するのに対して、こちらの説は「(畝傍)を愛し」「(畝傍)を惜し」と解釈します。

よって、訳は「男神である香具山は、女神である畝傍山をかわいらしいと思って、男神の耳成山と争った。」となります。

これも、「雄男志」は、あくまで音をあらわしているだけで、漢字に意味はない、というところさえ目をつぶれば、あとは何の問題もないように思えます。1の説を見ると、本当に目をつぶってよいものかどうかは疑問が残ります。

 

畝傍山
畝傍山

 

現在はこの三つが支持を集めていますが、実は三山とも男で、歌には出てこない女神を取り合っているという説もあり、結局どれも一長一短・決定打に欠けるのが現状です。

 

さらに、この後につけられている「反歌」の解読も意味不明です。内容もさることながら、万葉集を写したであろう筆者も「たしかにこれはよくわからない内容だけど、出典にそう書いてあるから一応そのまま書いとくねっ!」と注に書いているのです。当時の人で分からないのであれば、われわれが解読するのはもうダメな気がします。浅学の身で主観的な意見としては、やはり漢字の意味を取りたいですが、男2:女1の割合も捨てがたいのでⅡの説を推したいです。

 

1300年も経てば必要な単語も変わり、分からない部分も出てきます。同じように1000年後の人が、我々のtwitterを解読するのはもっと難しそうです。そして未来の古典入試科目としてさらされたりするのでしょうか…。

 

 

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一介の予備校国語講師
ことのは

大阪府出身・在住。
同志社大学文学部国文学科卒業。
現在は予備校で(比較的)新人講師として勤務。
担当ジャンルは【古典文学】

授業では、本編よりも脱線話の方がウケて悲しい反面、過去の自分もそうだったので生徒を責められません。小ネタを収集する日々です。

基本どんなジャンルでも興味あり!
でも、結局言葉(=ことのは)のもつ魅力から逃れられずここまで来てしまいました。
尊敬する人は中2のときからロザンの宇治原さん。好きなことは、得意ジャンルが全く違う同居人とクイズ番組を見ながらやいやい言うこと。

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